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「ジェンダー格差」/「フェミニスト経済学」 男女格差はもう正当化できない 朝日新聞書評から 

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月25日
ジェンダー格差 実証経済学は何を語るか (中公新書) 著者:牧野百恵 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121027689
発売⽇: 2023/08/21
サイズ: 18cm/230p

フェミニスト経済学 経済社会をジェンダーでとらえる 著者:長田 華子 出版社:有斐閣 ジャンル:経済

ISBN: 9784641166202
発売⽇: 2023/10/03
サイズ: 22cm/298p

「ジェンダー格差」 [著]牧野百恵/「フェミニスト経済学」 [著]長田華子、金井郁、古沢希代子

 なぜ、男女の違いが格差につながるのか。経済学で男女格差の不透明さを理解しようとする書籍の出版が相次いでいる。
 ここで「経済学」を強調するのには理由がある。いわゆる統計的差別を合理的と解釈したのは(労働)経済学。脳や身体の構造、性格の違いで男女格差を説明したのも(行動)経済学。現実に差別があるならば、差別したい人が損をしてまでも差別するからだと考えたのも経済学だ。結局、男女差別の合理的解釈を示してきたのは経済学なのであって、逆に言えば、経済学で男女差別を合理的に説明できなくなったとき、男女差別を正当化する論理の多くは根拠を失う。
 『ジェンダー格差』は、開発経済学を専門とする著者が、最近の論文を集めて紹介した新書だ。進学や結婚出産など、重要なタイミングで発生する男女格差の原因を追究したものを取り上げている。ほぼ外国の事例なので現代日本社会への応用可能性が見えにくいが、ひとつひとつのメカニズムがいかに精緻(せいち)に実証されているかを理解するのに役に立つ。とくに、開発途上国などで情報操作を通じてひとびとの規範意識に介入する研究手法が許されるようになり、現代の経済学では社会規範が男女格差に果たす役割が正面から議論されるようになったことに注目してほしい。実証研究手法の発展によって、経済学では男女格差はもはや正当化できないことが示唆されるようになった。
 『フェミニスト経済学』は、一昔前であれば「制度派」や「社会政策」と呼ばれていた分野、つまり男女格差を合理化する標準的経済学に背を向けた研究者が、フェミニズムの視点から経済行動を体系的に解釈した書籍だ。多数の著者が寄稿する形だが教科書を前提として編集されているので、順序だてて理解するにはちょうどよい。ケアワーカーや貿易論などと扱う話題は広く、日本の研究が紹介されているのも便利だが、何よりも標準的経済学による説明に回帰しているのが興味深い。
 現代経済学が男女格差をどう扱うかという視点からこの2冊を読み比べると、反対方向に歩んできて、一回りして出会ってしまったという恰好(かっこう)になっていることがわかる。あえてキーワードをひとつあげるとすれば「社会規範」だが、多くの議論のポイントや説明が共通する。
 ポジショントークではなく、真にそのメカニズムを理解しようとするひとびとが増えたことで、方法論が自然と収束してきているのかもしれない。遅きに失した感はあるが、男女格差を科学的に議論する素地はようやくできつつある。
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まきの・ももえ アジア経済研究所主任研究員。専攻は開発ミクロ経済学、人口経済学、家族の経済学▽ながた・はなこ 茨城大准教授▽かない・かおる 埼玉大教授▽ふるさわ・きよこ 東京女子大教授。