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「Q」書評 危うさに息を呑む大輪の物語

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月02日
著者:呉 勝浩 出版社:小学館 ジャンル:小説

ISBN: 9784093866996
発売⽇: 2023/11/08
サイズ: 20cm/663p

「Q」 [著]呉勝浩

 読もう読もうと思いながら、なかなか手が出せなかった。650ページ超の書き下ろし。ちょっとした辞書ほどの重量感。しかし、迷っていたのは怯(ひる)んだからではない。読み始めたらもう、途中で止められなくなることが分かっていたからだ。
 『スワン』、『おれたちの歌をうたえ』、更に昨年「このミステリーがすごい!」などの年度ランキングで一位を獲得した『爆弾』と、三作連続直木賞候補にあがった作家である。絶対に面白いと確信があった。
 幕開けは千葉県の小さな清掃会社で働く町谷亜八(あや)の視点。二十四歳の亜八は、傷害容疑で逮捕され過剰防衛に落ち着いたものの執行猶予中の身だった。ゲス極まりない先輩社員の辰岡に絡まれながらも食い扶持(ぶち)を稼ぐため、まっとうに働いていたが、ある日、同い年の姉・町谷睦深(むつみ)から連絡を受ける。「ひさしぶり。生きてる?」「キュウのことで話がある。会って」「返事をして、ハチ」
 自分をハチと呼ぶ睦深を、亜八はかつてロクと呼んでいた。キュウこと町谷侑九(たすく)は十九歳。ロクとハチの弟だが血の繫(つな)がりはなく、ロクとハチにも血縁はない。三人共通の名字は其々(それぞれ)の母親が一時期婚姻関係にあった男のものだ。
 類まれな容姿とダンスの才能を持つキュウは、大手プロダクションに所属していたが、様々な過去と思惑が絡み合い、ロクは自らキュウを世に出そうと動き出す。そのために必要な金と人脈。決して暴かれてはならない過去。「普通」とは言い難い状況で育ったロクとハチにとって、たったひとつの希望であり光であるキュウを守り、輝かせるために、手にした「普通」をふたりは投げ捨てる。
 物語の背景にある、コロナ禍の閉塞(へいそく)感も読ませる。SNSと動画コンテンツを中心に熱狂的な信者を増やしていく「Q」の危うさ。息を呑(の)む。圧倒される。それでも目は離せない。畏(おそ)れにも似た大輪の花火のような物語だ。
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ご・かつひろ 1981年生まれ。2020年『スワン』で吉川英治文学新人賞。著書に『白い衝動』『素敵な圧迫』など。