電車に乗って窓の外を見るのが好きだ。テレビのように見ている。前に住んでいたところは、主な交通手段が地下鉄だったので、窓の向こうを見ることはほとんどなかったのだが、今はどこかへ行くとなると外を走っている電車に乗ることが多い。だから電車に乗ることが以前より楽しい。何度も同じ風景を見ていたとしても、電車の速度だと何もかも把握するのは難しいので、常に何らかの発見がある。街も、山々も、海も、川も楽しい。
でも昼はいいけど夜は風景が見えづらいしつまらないのでは? とおっしゃる方もいるかもしれない。しかし夜でもやっぱりテレビのように外を見ている。なぜなら昼と夜では風景の見え方が全然違うからだ。昼にほとんど見えないものが夜になるとはっきり見えるということもある。自分の中でいちばん代表的な、夜になるとよく見えるものを具体的に言うと、集合住宅のエントランス部分だ。通路や自転車置き場もよく見えるし、どこかの塾やオフィスのフロアもよく見える。スーパーマーケットの売場もよく見えるし、踏切も、駅と駅の間を横切る生活道路も、そこを通る車も信号もよく見える。
塾の様子が見えると、自分が塾にかよっていた中学の頃のことを思い出して「人生でいちばん忙しかったなあ」と感じ入るし、まだ照明が点灯している職場が見えると「こんな時間まで働かれて……」と同情に近いような感慨を覚える。煌々(こうこう)と輝く横に広いスーパーマーケットを通り過ぎると安心する。あそこなら、帰るのが遅くなっても開いていてくれるのだ。いいな。
「そこにいるとどんな感じだろう」をよく考えるのは、実は昼より夜だ。どこかのマンションの玄関を、通路を眺めながらそこに入っていく、歩く自分を想像する。赤信号の横断歩道を待つ心細さ、踏切が開かないやきもきとした気持ちを思い出す。夜の車窓は本当に豊かだ。あっという間に時間が過ぎていく。=朝日新聞2023年12月13日掲載