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「地衣類、ミニマルな抵抗」書評 美術に通じる極彩色と多様な形

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月16日
地衣類、ミニマルな抵抗 著者: 出版社:みすず書房 ジャンル:植物学・森林

ISBN: 9784622096511
発売⽇: 2023/10/12
サイズ: 20cm/315,43p

「地衣類、ミニマルな抵抗」 [著]ヴァンサン・ゾンカ

 たいへん地味な本である。なにせ「地衣類」だ。専門的には「一つの藻類と連合した一つの菌類」という定義があるようだが、ようは普段は足を踏み入れない、ジメジメして光が差さない裏庭などの地面や樹木にびっしりと張り付いているカビのような代物なのだ。
 かくいうわたしも、本欄の執筆図書を決める書評委員会で、誰も手を挙げなかったものの中から偶然見つけた。「地衣」がわたしの名前に似ているのが気になったのだ。なんだか本自体が「地衣類」のようではないか。
 ところが読み始めて呆気(あっけ)に取られた。地衣類の世界がこれほど極彩色で無限の広がりを持っているとは。まず、地衣類は地球という天体でかなりの空間を占めており、地表上の8%にも及ぶという。今日、様々な分野で取り上げられる「共生」という概念も、もとを正せば19世紀に地衣類の連合的な生態に着目したのがきっかけであったらしい。色彩も形状も驚くほど多様だ。地衣類には「フラッシィでポップ」な一面もあり、その色は「鮮血と見紛(みまご)う生々しい赤」にまで至る。「サンゴ、触手、触角、管、あるいは鱗(うろこ)、白粉にも、灰にも見える」ほど多形的で「形の実験室」と呼ぶのがふさわしい。
 色と形に話が集中したのは偶然ではない。著者は「無視された生物多様性」に関心を持つ美術評論家で、地衣類のなかで藻類と菌類が連合するように、わたしと同類だったのだ。絵画にも多く言及している。西洋美術史で無視されてきた地衣類の描写が、日本の江戸期、狩野派では桜の幹を飾る欠かせないアクセントとなった。かつては地衣類をいかにうまく描けるかが、画家の力量を測る大事な指標だった。負けじと著者も、アカデミズムでは捉えきれない地衣類に接し、文体そのものを地衣類化しようと試みる。もはや地味どころではない――今こそ「地衣類にチャンス」を!
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Vincent Zonca 1987年仏生まれ。作家、美術評論家。現在は在カナダの仏大使館文化担当官も務める。