庭の手入れは大変だ。雑草を取り、毎日水をまき、力仕事も多い。しかし日光を浴び、土に触れ、植物を育てることで得られる達成感や穏やかな気持ちは、他では得られない体験だ。私はカナダの園芸学校で3年間学んだが、ハードワークや言葉の壁もあり、精神的に疲れていた。しかし植物が芽吹き、花が咲く瞬間を見ると、何とも言えない心の安らぎを感じた。
しかしなぜそう感じるのか? 本書の著者はガーデナーではなく、精神科医で心理療法士である。科学的な観点から、ガーデニングが心を癒やしてくれる効果について説明する。例えば濡(ぬ)れた土の匂いは、ゲオスミンというある種のバクテリアが発する匂いで、人を穏やかで心地よい気持ちにさせてくれる効果がある。
また復員兵や受刑者、精神的な障害を持った人が、ガーデニングを通して心のバランスを取り戻した事例も紹介する。植物を育てる経験から何かを育てる責任や自信を取り戻し、周りと協力し関係性を作ることで「心が再生」する。
「植物を育てることは人間に生き方を教えてくれる」と著者は言う。植物を育てることは自分の思い通りにはいかない。桜や紅葉の時期が予測できないことと同じだ。自分の都合通りに進まず、相手のタイミングに合わせることが必要になる。それは他者を思う気持ちに繋(つな)がる。そして自分自身を見つめ直す時間になる。
「庭は人生を表す」。良い庭を見ると、作った人や手入れをしている人の庭への愛情を感じる。そういった庭に出会えると心から感動する。手入れが行き届いた庭からは気持ちの良い「気」が流れている。そんな庭でゆっくり過ごすと、心も整ってくる。
庭を作ることだけでなく、見ることでも人は癒やされる。これこそが「庭の真髄(しんずい)」だろう。素晴らしい庭が存在するだけで、私達(たち)は多くの恩恵を享受しているのだ。=朝日新聞2023年12月16日掲載
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和田佐規子訳、築地書館・3520円=6刷1万2千部。21年刊。20年出版の原著は英国でベストセラー。「土に触れるとなぜ癒やされるのかずばり書いてある」と担当者。