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ホンダ・アキノさん「二人の美術記者 井上靖と司馬遼太郎」インタビュー 束縛離れて「裸眼」の境地

 平凡社の編集者として、雑誌「別冊太陽」で井上靖と司馬遼太郎の特集を担当した時のこと。二人の過去を知り、著者の心は揺れた。「愛読した二人の作家は、私がなれなかった美術記者だったんですよね……」

 京大院で美術史を学び、京都新聞に入社。仕事は充実していたが、憧れた美術記者になるための時間を待てず転職した。「たった3年の記者生活だった私でも、今なお経験が生きている。新聞社で長く美術を担当した井上、司馬の作風に影響が無かったわけがない、と思ったんです」

 約25年勤めた平凡社を3年前に辞め、編集作業などで得た蓄積をもとに「形にする機会はこれが最後」と、昨年の司馬生誕100年にあわせて出版した。

 井上は毎日で約10年、司馬は産経で約4年、大阪を拠点に美術を取材していた。司馬が退職手続きをした日に、16歳年上で専業作家になっていた井上と酒場で鉢合わせたという本書冒頭のエピソードは出来すぎている。

 二人は『忘れ得ぬ芸術家たち』(井上)、『微光のなかの宇宙』(司馬)などで美術のひとかたならぬ知識と関心をつづった。何をどう書くのかに縛られた記者の仕事から解放され、作家として美を描く筆は伸びやかになったと著者は見る。その境地を「裸眼」と司馬は呼んだ。

 タイプは違うが気が合った井上と司馬は、シルクロードを一緒に訪れてもいる。「二人は、ひかれたものへの凝視と言ってもいい観察眼で普遍を描き出した。その視線は文明や日本と世界の立ち位置まで貫き、自らが生きる現代とも向き合っている」と分析した。

 美術記者という一点で交わった、二人の作家と一人の編集者の人生。著者は「長く抱えていた宿題に答えを出せた」と言う。(文・写真 木村尚貴)=朝日新聞2024年1月6日掲載