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樋口恭介さん注目のSF3冊 いま・ここと無関係ではない未来

  • 見えない未来を変える「いま」
  • 赦(ゆる)しへの四つの道
  • 奏で手のヌフレツン

 長期主義という思想が注目を集めている。イーロン・マスクが「現代に対して多少の犠牲を払ってでも未来に賭ける」と解釈し支持したことで広く名の知れることとなった考え方だが、どうやらマスクの理解は少し怪しく、本来は現代も含めた利他性を重視するというニュアンスを持つようだ。

 「これまでに生まれてきた全員の人生を、生まれた順に生きると想像してみてほしい」という、目の覚めるような一文から始められるウィリアム・マッカスキルの著書、『見えない未来を変える「いま」』は、本邦初訳となる長期主義についての詳細な解説書だ。気候変動、生物多様性の喪失、資源の枯渇等の諸問題は、未来の人類や地球や宇宙全体に深刻な影響を及ぼすものであり、同時に、現在の行動によって変えることのできるものでもある。

 未来は他人事(ひとごと)ではない。未来とは現在のことである。宇宙とは全てが繫(つな)がる場の名であり、全てが繫がる場において、一つの宇宙が立ち上がる。アーシュラ・K・ル・グィン『赦(ゆる)しへの四つの道』はそのような、長期主義的な他者=当事者という視点を投げかける作品であると読むことができる。惑星ウェレルとイェイオーウェイを背景に、分岐を遂げた遠い未来の人類たちの奴隷制、階層社会、性差別などのテーマを探求するこの作品集は、全ての可能などこかの宇宙のどこかの時点で、たしかにありうる異形の社会の姿を精緻(せいち)な描写で現前化することで、未来や異界やそこに住まい暮らす他者という概念そのものを異化している。

 酉島伝法の第二長篇(ちょうへん)『奏で手のヌフレツン』はそうした方法論を突き詰めた、ある種のSFの臨界点だと言えるだろう。複数の太陽が地を巡りながら衰退と再生を繰り返す球面状の空洞世界を舞台に、太陽への信仰を中心として生活を営む異形の生命たちの日常を描く本作では、人ではない何かの物語が、人ではない何かの言葉によって語られる。我々はその文章を、通常の意味では読めはしない。けれども我々は不思議なことに、読めないはずの言葉を追いながら、見えないはずの情景を想像するうちに、存在しない生命たちの、信仰と希望と愛を知るようになる。異世界の生命体たちの奇妙な物語を、まるで自分の物語のように感じることができるようになる。遠きものたちとのファーストコンタクト。それを言語情報だけで形成する時空間。それが『奏で手のヌフレツン』という作品なのだ。

 未来という虚構を現実としてとらえるのなら、未来のどこかに生きる虚構の人々もまた、いま・ここにとって無関係などでは決してない。そこにいたって全ての他者は、あなたであって私になる。=朝日新聞2024年1月31日掲載