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八戸ブックセンター(青森) 市営書店だから目指す「売り上げよりも大事なもの」

 2016年12月にオープンした八戸ブックセンターは、八戸市が運営している。前市長が八戸市を「本のまち」にすべく公約を掲げ、その推進拠点として生まれた経緯を持つ、異色の本屋だ。中心街の複合ビル1階に店を構える八戸ブックセンターには、果たしてどんな本が並んでいるのか。

>【前編】「本のまち八戸」を全国に広めたポプ担さん 創業96年「木村書店」が迎えた最後の日

左から八戸ブックセンターの熊澤直子さん、音喜多信嗣さん、森佳正さん。

在庫がない本は他店をオススメ

 センター所長で八戸市職員の音喜多信嗣さんと、企画運営専門員の熊澤直子さんと一緒に、書棚をチェックしてみる。お話を伺っていた読書会ルームをぐるりと囲む棚は「世界」「人文」「自然」「芸術」の大枠に分けられ、そこに「いのり」「こころ」「よのなか」「かんがえる」などのサブテーマに沿う本が並んでいた。

ざっくりした分類の中に、「そういうことが読み取れるのか」と膝を打つ本が並ぶ。

 八戸出身の人気作家、呉勝浩さんのミステリーや、津軽塗りをテーマにした映画「バカ塗りの娘」の原作本など、他店でも見つけやすい作品もあるにはある。なかでも三浦哲郎の文机を模したコーナーなど、八戸にゆかりがある作家のスペースは厚めだ。しかし私も初めて見るタイトルの方が圧倒的で、いずれも興味深い。

「世界」の棚にある「東南アジア」のコーナーには、子供向けの写真絵本『せかいのともだち』シリーズに挟まれた状態で、新井英樹『愛しのアイリーン』が並んでいる。そのギャップに思わず笑ってしまった。確かに主人公の元に嫁ぐアイリーンはフィリピンから山形にやってきてはいるけれど、暴力あり性描写ありで読む人をかなり選ぶ。でも公共施設だからといって、品行方正な本だけを置く必要はない。好き嫌いが分かれそうな作品だけど、読んだ人の想像力を駆り立てるきっかけになるかもしれないし。

中学の国語教科書にも収められている三浦哲郎の『盆土産』といえば、「えんびフライ」の「しゃおっ」。覚えている人も多いはず?

 音喜多さんによると選書は4人いる企画運営専門員に委ねられていて、配本はなくすべてが注文だという。全員が市の職員で、うち3人が書店員経験者だ。オープン時から在籍している熊澤直子さんは、青森市内の本屋で6年、地元・野辺地町の本屋で2年の書店員経験がある。

 現在はイベント企画や、それに関連する本のセレクトを任されている熊澤さんは、書店員歴16年目。ご本人は「ただ時が過ぎてしまっただけです」と謙遜するが、この日あった地元放送局の店内中継に出演する姿は、まさにザ・ベテラン。わざわざ「カリスマ」を標榜しなくても、きらりと輝く書店員はあちこちにいるのだということがよくわかった。

「ここに在庫がなくても近くのカネイリさんにありそうな本は、電話で問い合わせてお客様をご案内することもあります。うちはお客様からの注文も受けていませんので」

 熊澤さんはそう語る。歩いて約3分のデパート内にあるカネイリ番町店は、1947年創業の地元老舗書店である。オープン当初にディレクションを担当した内沼晋太郎さんは、カネイリの代表が紹介してくれたことで出会えたそうだ。でも付き合いがあるとはいえ、せっかくのお客さんを他店に案内していいの?

groovisionsが手掛けた、2つの本が寄り添って「八」になっているロゴ。

「究極論ではありますが、八戸市自体がひとつの大きな書店になったらと考えているんです。売れ筋は街のお店にあり、それ以外はブックセンターにあって、読みたいものが市内のどこかに置いてある。だからセンターの売り上げが下がっても、市内の他の店の売り上げがあがればいい。それも町おこしのひとつではないかと思うんです」(音喜多さん)

 年に1回開催している「本のまち八戸ブックフェス」では、市内書店のブースがあり、スタッフのオススメ本が並ぶ。主催はブックセンターだが、全ての本屋を巻き込み、市民に街の書店や本の魅力を伝えようと奮闘している。「八戸でここにしかなさそうな本を提案できているのは嬉しい」と熊澤さんは語ったが、それは市内の書店への気遣いでもあることがわかった。

ラッパーの写真展で新たな客層開拓 

 そんな2人に、この7年で一番思い出深いイベントについて聞いてみると、2018年夏に開催した八戸出身のフォトグラファー、cherry chill will.の写真展だと教えてくれた。

「cherry chill will.が、初めての写真集『RUFF, RUGGED-N-RAW -The Japanese Hip Hop Photographs-』(DU BOOKS)を出版すると、彼の地元の友人から相談を受けました。日本のヒップホップアーティストの写真集で、タトゥーの写真も多かったことから、公共施設でできるのかという意見もありました。でも、スタッフは「やりたいよね」と全員一致して。2カ月間の展示でしたが、いざスタートしたら、オープン以来の入館者と売り上げを記録しました。初めての方も多く来店して、八戸ブックセンターを知っていただくきっかけにもなりましたね」(音喜多さん)

 2018年に亡くなったECDをはじめ、日本のヒップホップシーンに欠かせないアーティストたちの写真が並んでいるが、都内でも展示を断ったギャラリーもあったらしいと音喜多さんは語る。この写真展を機に地元DJたちと知り合い、今でもブックフェスのDJブースをお願いしているという。まさに本を介しての、人とのつながりが生まれているようだ。

市職員の書店員だからできるセレクト

 さらに売り場を眺めていくと、ハンモックがゆらゆら揺れる一角があり、棚には「命のおわり」と書かれていた。人生を考えるきっかけになりそうな本が並んでいるが、正直、かなり重いな(笑)。でも青森と言えば太宰治に寺山修司にと、魂を焦がしてきた作家が多いからいいのかも。

ハンモックコーナーは「愛するということ」と「命の終わり」についての本が並ぶが、近いうちに模様替えの予定。

「オープン当初は中高生以上、大人向けの本をというコンセプトだったのですが、いざ始めてみると一番多い問い合わせは『子ども向けの本はないのか』というものでした。今後は街の書店のラインナップを調査しながら、ブックセンター利用者の幅を広げていくために、このコーナーは、子ども向けとして幼年童話を中心にしたものに変わる予定です」(音喜多さん)

 そんな話をしていると、長髪をキュッと結んだ男性がやってきた。店のエプロンが良く似合う彼は、ブックセンター主任企画運営専門員なる肩書きを持つ森佳正さんだ。札幌出身で高校卒業後は東京で過ごした森さんは、八戸市の公募に手を挙げ、八戸市に移住したという。エッジの利いた棚作りはどうやら、彼によるところが大きいようだ。

 私にとっても初見の本も多い空間は、まさに本屋を知るための本屋というか、本屋のショールームともいうべき空気を感じずにはいられない。しかしこの空気、どこかで味わったことがあるような……?

入口の横に並ぶ絵本も、他店となるべくかぶらないセレクトを心がけている。

「僕、2015年まで代官山蔦屋書店の書店員だったんです。妻も一緒に働いていたのですが、移住を機に結婚して、こちらで子どもも生まれました」

 ああ、なるほど! 佳正さんは人文フロア、妻の花子さんはキッズフロアで働いていたこともあり、子ども向け企画が持ち上がった際、花子さんが代官山蔦屋書店で築いたノウハウが大いに役立った。それを見越して採用されたって訳ではないと佳正さんは笑ったが、新天地ではかなり自由に、自分なりの棚づくりができているのではないのだろうか?

「私と妻はこの7年間、何を企画すれば市民の方に『本のまち』が伝わるのか、感じてもらえるのかを考えながら、本の食わず嫌いを直す初めの一歩となるような、棚作りをしてきました。これは市職員で書店員という立場だからこそ、実現できたのかもしれません」

「これまでいろいろな自治体の方が行政視察にいらっしゃいましたが、『八戸さんぐらい収入がある自治体だから、こんなことができるんですよね』と度々言われました。でも運営予算以上に、働く人たちに着目してほしくて。行政が書店をつくり、書店専従の職員を採用できる状況になれば雇用も安定するし、書店員側も力を発揮できるはずです。書店員は縁の下の力持ち的な仕事ですが、ポテンシャルを秘めている人も多いですから」

雑貨の奥にある木箱のようなものは、その名も「本の塔」なる1人用のクローズドスペース。閉所が苦手な人には勧めないが、ぼっち読書がはかどりそう。

売り上げよりも大事な「来てもらう」こと

 昨年度の収入は、書籍の売上や寄附金などで2716万円、一般財源が繰り越し分も含めて1年間で6900万円投入されている。運営スタッフ全員を入れた7名分の人件費が約3900万円、歳出全体が約9600万円なので、売り上げだけでは赤字になってしまう計算だ。

 2018年は約12万6000人の来館があったが、コロナで落ち込み一時期は6万人を切り、昨年は7万7000人となっている。右肩上がりではないものの、売り上げよりも「市民に来てもらう」ことが課題なのだと音喜多さんは言う。

「オープン当初は物珍しさもあり、全国からお客さんが足を運んでくれたのですが、市民の方にもっとここを活用していただきたくて。だから利益を追求するよりもこんな場所があるということを知っていただきたいし、見に来ていただきたい。10年、20年先を見据えた上で『本のまち 八戸』を目指すためには、何よりも周知が大事ではないかと思っています」(音喜多さん)

「利益追求型ではない」と言い切れること、書店員が置きたい「売れ筋ではない本」を存分にセレクトできること。それはここが街づくりのために存在するからで、一般書店では限りなく難しい。でも、だからこそ、市長が代わり政策が変わっていったとしても、ずっと続けて欲しいのだ。国家100年の計と言うけれど、本屋にも100年の計はきっとある。それを目指して走り続けていけば、いつしか手に馴染んだ本のように、市民にとって愛着あふれる存在になっていくはずだ。

 個人や民間企業が経営する書店では言うことをしてこなかった「やめないで」を、八戸ブックセンターには強く訴えたい。次はいつ訪ねられるかは未定だけど、私にとってもいつでも寄りたい時に寄れる、そんな本屋であることを願って。また来るぜ八戸とつぶやきながら店を後にした。

八戸市職員の書店員が選ぶ、八戸に触れられる本

●『Q』呉勝浩(小学館)
 2020年から3年連続で直木賞候補にもなっている、八戸市出身作家の呉勝浩さん。想像もできない出来事でありながら、全て現実にあったこと?と勘違いしてしまいそうになる作品です。ミステリーの世界に入り込みたい方は必読です。(音喜多)

●『盆土産と十七の短篇』三浦哲郎(中央公論新社)
 出稼ぎをしている父親がお土産を持ってお盆に帰省し、家族と過ごす様子が描かれる『盆土産』など、中学・高校の国語教科書に載った作品を中心とした短篇集。「短篇の名手」と呼ばれた三浦哲郎の作品を始めて読む方にもおすすめです。(熊澤)

●『DUO 中居裕恭 森山大道』中居裕恭、森山大道(bookshop M)
 表紙から奥付にいたるまで、すべて三菱製紙八戸工場でつくられた紙を使用しています。紙の本ならではの仕掛けがいっぱい! 紙や製本を知り尽くした、造本の魔術師・町口覚さんによる渾身の一冊です。(森花子)

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