「シェフ」書評 仏料理界の歴史辿れるリアルさ
ISBN: 9784488011338
発売⽇: 2023/11/30
サイズ: 19cm/316p
「シェフ」 [著]ゴーティエ・バティステッラ
フランス料理を扱う作品は、辻静雄の半生を描いた『美味礼讃(らいさん)』など傑作が少なくない。技と贅(ぜい)を極める料理文化が、人々の欲望を掻(か)き立て、情熱の炎を煽(あお)り、心を惑わせるからだろう。
本書は元「ミシュランガイド」編集部員の著者による、事実とフィクションを織り交ぜた小説である。主人公のポールは三つ星レストランのシェフ。ある日突然、猟銃自殺を遂げる。奇数章ではポールが自らの生涯を語り、偶数章では彼の死後の出来事が描かれ、章が進むにつれ事の真相がわかる仕掛けだ。そのモデルは20年程前、店への評価の重圧で猟銃自殺したと噂(うわさ)される有名シェフであろう。
本書の一番のうま味は、仏料理界の歴史を辿(たど)る描写だ。20世紀前半には女性の料理人が活躍したという。仏南西部の村で育ったポールの祖母は、料理に野心を抱きレストランを開業。シェフとして必死に料理するうちに店は一つ星を獲得。彼女が晩年、孫のポールを連れて初めてパリを訪れ、名店トゥールダルジャンで人生で最も嬉(うれ)しそうに食事をする場面からは、料理人にとってもパリの名店での食事は特別な体験であることが伝わってくる。
作中には日本人も登場する。実際に「ミシュランガイドフランス2023」にはパリの三つ星レストランが9軒掲載されているが、うち数軒の料理長は日本人だと聞く。だから、主人公の店のシェフパティシエールが大阪出身のユミという設定はリアルだ。しかしユミが、日本女性を性的対象として見る「芸者ガール」のステレオタイプで描かれているのは残念だ。そのお色気シーンはくどいと感じた。
とはいえ、「黒トリュフ入りVGEスープ」等の有名料理からグラタン、栗とカシスのデザートまで、魅惑的な料理が続々と出てきてお腹(なか)が空(す)いてしまう。巨匠ポール・ボキューズが冗談をいったり、アラン・デュカスが食事をしに来たりする場面も。食いしん坊ならきっと満足するはずだ。
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Gautier Battistella 1976年生まれ。新華社通信、ミシュランガイドの編集部員を経て小説家に転身。