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井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」

「テルマ&ルイーズ」が浮かぶまで

本間悠(以下、本間):佐賀市の佐賀之書店で店長をしている本間です。私は年に一回、自分が一番いいと思った本を選ぶ「ほんま大賞」をやっているのですが、今日は第6回受賞作『照子と瑠衣』の読書会をしたいと思います。

山中由貴(以下、山中):山本飯の山中由貴と申します。高知市にあるTSUTAYA中万々店の書店員で、お店で出している「なかましんぶん」というフリーペーパーを書いているので、「なかましんぶん編集長」と名乗っております。

飯田正人(以下、飯田):飯田と申します。山本飯の飯を担当していて、特技は家事です。私は今、都内の書店で仕入れ担当をしています。趣味は映画を見ることで、今日は「テルマ&ルイーズ」の4Kリバイバルを有楽町で見てきました。

本間:井上さんって呼んでいいのか、先生付けをするべきなのか。

井上:荒野さんで大丈夫です。先生とは呼ばれたくないです(笑)

本間悠さんが店長を務める「佐賀之書店」店頭のPOP

本間:まず、感想をお伝えしましょうか。

山中:本当にハチャメチャで最高に楽しかった。冒頭からスピード感良く物語が始まって、実際の照子は多分良識のある女性なのに、良識ある70歳がやるとは思えない行動ばかりで面白くて。やることは良くないけど、照子が切羽詰まってなくて楽しそうなのも良いし、この先どうなるんやろう? っていうワクワク感がすごくあって、ぐいぐい読める。2人は色んな問題にぶち当たっても、結局なんとかなる。そのなんとかなるっていうメッセージ性がすごい良いなって。人とのつながりを大事に、思い切って行動することでなんとかなるんじゃないかって、前向きになれるお話だと思いました。

本間:他人の別荘を壊して入ってる時点で何とかなってはいないんだけど、そこはすっ飛ばして、なんとかなったっていう進み方をするのはすごくいい。

山中:照子が旦那さんの暮らした家に戻ったりとか冒険的要素もあったりして、最後もすごく良い終わり方で。

井上:ありがとうございます。はじめのうちは、両方とも悪い2人の話を書こうかなと思ってました。「テルマ&ルイーズ」は後から出てきたもので、だから最初は『ワルナスビとワルボックリ』ってタイトルを考えてました。

3人:全然違う!

ワルナスビの実

井上:私が住んでいる長野って、東京にはない植物がいっぱい生えているんです。家の周りに小さい黄色い実がたくさんなっていて、なんていう植物か調べてみたら、ワルナスビって名前だったんですよ。それで気に入ってしまって、いつか小説のタイトルに使おうと思ってて。悪い老女2人を書こうと思って担当編集者に「ワルナスビとワルボックリ」ってタイトルの話を書きたい」と言ったら、「ちょっとどうかと思う」と(笑)。その後いろいろ考えて「テルマ&ルイーズ」がなんとなく出てきて、オマージュした話にしました。

山中:すごい可愛らしい2人だったけど、もっと悪女だったんや。

井上:「テルマ&ルイーズ」みたいにしようと思った時に、方向を変えたんです。でもちょっと悪い部分も残っていて、人の別荘に忍び込んだりお金を奪ったりするのは、ワルナスビの名残りなんです。

本間:映画が元ネタとしてあってこの話ができたのか、別な話を映画にリンクさせたのか、どっちだろうっていう話はしてたんです。

井上:「テルマ&ルイーズ」は何年も前に見てたんですよね。最初は映画のストーリー通りの話を、日本を舞台に作ろうかなと思ったんだけど、著作権的に難しくて。あと「テルマ&ルイーズ」はラストシーンが衝撃ですが、あの映画が作られたのは1991年で、当時はああいうラストしかなかったかもしれない。けれど今の時代は、2人の女が自由になるためにはもっと方法があるだろうって。だから全然違う話にしよう、でも「テルマ&ルイーズ」のオマージュということは知らせたいと思って、『照子と瑠衣』にしました。

飯田:映画が着想のきっかけになったと皆思ってると思うんですけど、そういう順番だったとはすごく意外でした。

こんな友達に出会いたい

飯田:テルマとルイーズは犯罪をして追われることになりますが、照子と瑠衣は悪くないというか、傷ついた人は誰もいない。あと、2人で何かをする時に、それがお互いにとってどうなのかという点をすごく大事にされているというか。おしゃべりをしている場面が多いですし、「私にとってあなたはこういう相手なんだ」と言うことが多いところが、新鮮に思えました。

井上:言わないですかね?

山中:それがすごい羨ましい。同じ年齢で同性で、口喧嘩しても楽しいみたいな描写があったけれど、そういう友達に出会いたい。

本間:趣味とかが合ってるわけでもないし、性格も違う2人なのに、そこがいいなあって。

井上:理想型ですよね。私は江國香織さんと親しいんですけど、年取ったら江國さんとこういう関係になりたい。

本間:荒野と香織。めっちゃ豪華ですね。私、昨年の3月末に実際に家を出てるんです。子供2人と、持てるだけの荷物を持って家を出て、今年の1月に離婚が成立したばかりなんですけど。そういう状況で読んだので、響いたというか。自分とシンクロすれば良いわけではないけれど、照子のウキウキ具合がすごく分かって。多分周りから見たら「大丈夫?」って心配される状況だったと思うけれど、家を出る準備期間は自由を手に入れたみたいな気がして、すごく嬉しかったし楽しかったことを『照子と瑠衣』を読みながら思い出して、シンパシーを覚えました。2人の自由への旅立ちにすごくシビれたし、新しい環境に飛び込んでからの人間関係の築き方もすごく面白かった。

 何がこんなに気持ちよく読める描写なんだろうと考えたら、照子が夫から不当な扱いを受けていた場面が、詳細に語られていないところではないかと思ったんです。クライマックスの、普通の作品だったらここがメインになるんだろうなっていう場面が、さっと終わったところもすごく好きでした。だから気持ちが明るいまま読んでいられるんだろうなあって。照子と瑠衣が好きって思うと自分のことも好きになれる気がするし、こういう作品を読んだら明日に希望が持てるだろうなって感じたので、「ほんま大賞」に選んでたくさんのお客さんに届けたいなと思いました。

井上:大変な時だったのに、ありがとうございます。嬉しいし、本当に好きで選んでくれたんだなってわかるから。

 夫の愚痴小説みたいにはしたくなかったんですよね。SNSとかでそういうのを見たりするんだけど、自分の幸せとか自由っていうのは、夫次第じゃなくて自分次第じゃないのかみたいな考えが私にはあって。だから夫のことはあんまり書きたくなかったんですよね。夫から離れるってところから書きたかった。

本間:序盤で、照子が「キッチンのスツールはずっと自分の相棒であり味方であった」と独白しますよね。そのキッチンスツールを踏み台にしての高いところでの作業を夫に頼んだ時に、非難されて説教されたっていうエピソードを読んで、「あ、こういう人ね」っていうのがすごく伝わりました。

井上荒野さん近影/撮影=神ノ川智早

何歳になっても、やりたいことを

本間:あと、当たり前に、恋愛の話が出てくるのがすごく面白いと思いました。

井上:私、自分が老人に近づいてきたのもあると思うんだけど。老人だからっていろんな欲望がなくなるってことはないと思うんですよね。もちろんできなくなることが増えてくるんだけど、だからって心の中まで老人にふさわしくっていうか、みんなが思っている「老人」にふさわしく枯れていく必要はないんじゃないかって思っていて。死ぬ時まではやりたいようにしていきたいっていうのがあるんですよね。それを最近小説にも書くようになって。

 私の中で「やりたい放題老人もの」っていうジャンルがあるんです。『キャベツ炒めに捧ぐ』は還暦周辺の3人の女が出てくる話、『静子の日常』は「これからは自由に生きていこう」っていろんなことする話で。それから『ママがやった』は70歳を超えたママが自分の夫を殺すところから始まる話なんですけど、老人だって殺人を犯したりするし、恋愛するし、死ぬ時までは自由に幸せに生きるって考えが私にあって。その流れの中で生まれたのが、『照子と瑠衣』なんですよね。女の人ばっかり出てくるので、今のところ「やりたい放題老女もの」と呼んでますけど。

飯田:そうなんだ。

井上:最近『生皮』っていうそのセクハラの話を書きまして。それでいろいろ本を読んだり調べたりする中で、「女の人はずっーと我慢してきたよな」っていう思いを持って。だから理不尽さに対する女性側からの「バカ野郎ふざけんじゃねぇ」みたいなことを書きたい気持ちがあって。『照子と瑠衣』はそのへんを意識的に書いてる部分もあるんです。腹の立つ男を2人でやっつけたりして。自分でもこういう男が来たら「なめるんじゃない!」って言ってやりたい気持ちがあります。

飯田:サービスエリアで言いがかりをつける男とか?

井上:そうですそうです。

山中:その男に照子が刺青と見せかけて、実はタトゥー模様入りのアームカバーを見せるシーンで、「こんなんあるんや」ってすごい笑った。

本間:照子のやることなすことがもう想定外すぎて。

山中:瑠衣の方がまともに見えるっていうか。

井上:誰かに「そこ私の席だ」って割り込まれることってあると思うんだけど、咄嗟にはやり返せないじゃないですか。でもこんな風にやり返してやりたいって誰でも思ってるんじゃないかな。だから読んでる人たちも、あのシーンで溜飲が下がったりするんじゃないかなって思います。

山中:照子が「躊躇しない」って決めた言葉も、すごいいいなあと思って。照子と瑠衣だけじゃなくてジョージや静子さんとか、可愛いキャラクターがいっぱいでてきて。

井上:静子は連載では全然違う名前にしてたんですけど、単行本にする前にゲラを読み返している時に「そうだ、これ静子にしよう」って思って変えたんです。皆が『静子の日常』を読んでるわけじゃないから、わからない人もいるだろうと思ったけれど、ここにやりたい放題老女の静子が出てきたら面白いだろうなって。

本間:この人ってなんだろう? って気になるよね。

井上:『静子の日常』もすごく面白いので、読んでない人はぜひ。

本間:私まだ途中なんですけど、静子が暗躍するところがすごいかっこいい。

井上:『静子の日常』は最初、いじわるばあさんの話を書こうと思ったんです。ずいぶん品のいい人になってしまったんですけど(笑)。

映画のポスターのような表紙

山中:『照子と瑠衣』は、表紙もすごい疾走感があって良くない?

井上:イラストはサイトウユウスケさんが描いているのですが、最初は「スケジュールがいっぱいでできない」と。でもどうしてもサイトウさんにお願いしたくて、刊行をひと月ずらしました。本当にカッコいい装丁で、表紙が気になって手に取ってくださる方も多いみたいです。サイトウさんは映画のポスターもお描きになる方だったので、ピッタリだったんですね。

山中:照子のトランプ占いも、ただの人生相談だけどなんかいい。

井上:歌う瑠衣だけではなく、照子にも何かやらせたかったんですよね。トランプ占いは、うちの父が得意だったんです。トランプ占いって結局、占いっていうよりも想像力で、人の物語を作るってことなんです。それだったら照子にもできるんじゃないかなって。父はトランプをめくりながら「すごいいいカードが出た」とか言ったりしながら物語を作っていたのですが、私にはその俊敏さがないからか、全然できませんけれど。

どの世代にも「生きる希望」

中川美津帆(以下、中川):本当にすみません、ネットの不調で参加が遅れました。遅ればせながら祥伝社文芸出版部の、中川と申します。「ほんま大賞」のお知らせを聞いた時に嬉しくて嬉しくて、荒野さんに電話する手がちょっと震えていたのを覚えています。本間さんが「読むタイプの生きる希望」っていうキャッチコピーを考えてくださいましたが、どうして自分は新刊のポップにこのコピーを思いつかなかったんだろうって思うほど、本当にドンピシャリで。

 照子と瑠衣は2人とも70歳で、年齢が近い人達はすごく面白いって食いついていらっしゃったんですけど、そのもっと年下の人達も、たとえば私は40代なんですけど、全員2人から生きる希望をもらえて。帯に「照子と瑠衣、ともに70歳」ってありますが、60代の社員からは「70歳をもっと大きく!」って言われて、若い社員からは「これは年齢関係なしに本当に鼓舞される話だから、70歳をあえて大きくする必要はないんじゃないか」って言われるという、ちょっとしたプチ論争が起きたんです。女子高生の方も買ってくださったと聞いていて、つまりどの世代にとっても「読む生きる希望」が照子と瑠衣なんだなって。この賞を機にもっともっとたくさんの人に知ってもらえることを、切に願っております。

井上:本間さんのキャッチコピー、良かったよね。

本間:本当に生きる希望です。こういう25年後が自分にも待ってると思うと、この先まだまだ楽しいことがいっぱいあるんだなって思える。やりたい放題老女になりたいです。

中川:瑠衣にとっての照子みたいなパートナーというか、その人生の理解者がいることの喜びみたいなのも同時に教えてもらって。私、毎回200ページの最終行で、涙腺が緩むんです。

本間:今後の刊行予定を教えて下さい。

井上:今年の夏に『猛獣ども』っていう連作短編集が、春陽堂から出ます。あと秋にもう一冊、幻冬舎から『しずかなパレード』っていう長編が出ます。ずっと前に書いてて抱えてたものなんですけど、それを修正して出す予定です。

 今日は聞いてくださった皆さんも話してくださった皆さんも、どうもありがとうございました。