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「アルプス席の母」書評 高校野球の清濁と親の生きる道

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月30日
アルプス席の母 著者:早見 和真 出版社:小学館 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784093867139
発売⽇: 2024/03/15
サイズ: 19cm/351p

「アルプス席の母」 [著]早見和真

 休日、野球やサッカーのグラウンド付近を通るたびに熱心だなと思っていた。見学している親たちが、である。やりたいこともあるだろうに休日まで子どもに付き合うなんて自分には絶対に無理だ。
 モヤモヤが募り、ある日子どものいる友人に話してみたところ、意外にも「それがやりたいことなんだよ」と返ってきた。
 実は本書を読むまで、そんなバカなと疑っていた。小学生ならまだしも、中高生にもなる子どものクラブや部活の練習を、自分の時間を割いてまで見たい? 理解できないし、本当だとしたらその熱意が怖い、とさえ思っていた。これって、自分の夢を子に託しちゃう感じ? いやいや、それってどうなのよ?と。
 本書の主人公、秋山菜々子は高校球児の母である。ひとり息子の航太郎は、神奈川県のシニアリーグでエースとして活躍し、幾多のスカウトのなかから大阪の新興私立高へ進学した。物語は航太郎がその希望学園高等学校三年生になった夏、菜々子が甲子園のアルプス席から試合を見守る場面から始まる。
 未(いま)だ甲子園出場経験のない大阪の高校を選んだ理由。母ひとり子ひとりの秋山家の経済事情。共に大阪へ移り、学校近くのアパートを借り看護師として働く菜々子が案じる航太郎の寮生活。野球部父母会の歪(いびつ)な慣習。肘(ひじ)の故障と手術、浮上する裏金問題。回想形式で描かれていく菜々子の日々は、あたり前のように、高校球児の母親であることが最優先される。
 白眉(はくび)なのはそうした忙(せわ)しない毎日のなかで、菜々子が自分自身の生きる道を模索する姿までも見せていく点にある。清濁を描ききった圧巻の高校野球小説で、誤魔化しのない真摯な親子小説である上に、子離れ期を迎えた親の、いわば成長小説でもあるのだ。
 親でなくてもスポーツに興味がなくても、胸が騒ぎ、熱くなれる。いい小説だ、とても。
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はやみ・かずまさ 1977年生まれ。『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞。著書に『店長がバカすぎて』など。