落書きから生まれた絵本
――猫にとって大事なひげ。そのひげが長い、長いどころか、長すぎる。その発想はどこから浮かんだのですか?
絵本デビュー作になった『ゆらゆら』の担当編集者さんと、次回作を考えていたときに、当時の編集長さんが猫好きで、「猫の本を作ってほしい」とおっしゃっていただいたのがきっかけです。私は朝ご飯を食べるときに食卓にある適当な紙に落書きをして過ごすことが多いのですが、その頃、猫やウサギなど、いろんな動物にひたすら長いひげを描く、というのが自分の中で流行っていたんです。ひげが長い猫って、ビジュアル的に楽しいので、もしかしたらなにかお話になるかなと思いました。そうしたら、するするとお話ができて。
――ひげが長い猫は、ビジュアルが先だったんですね。
そうですね。落書きから始まった絵本です(笑)。ラフを見せたときに、編集者さんがすごく喜んでくれて。「ぜひ作りましょう」って、その場で言っていただけたのがすごく嬉しかったです。その気持ちが冷めないうちに描こうと思って、3日間ぐらいで描き上げました。でも、それが不安で。
――不安というのは?
こんなに簡単にできてしまっていいのだろうかと。『ゆらゆら』は、構想から10年かかったんです。完成までとても苦労して、絵本はこのくらい時間をかけて作るものだと思っていたので、3日は早すぎると。半年くらい寝かせて、やっぱりこれでいいかなと思って、出版して頂くことになりました。
――3日はとても早いですね。内容もラフとあまり変わらなかったのでしょうか?
基本的には変わっていませんが、最初は、みゃあがもっと酷い目にあっていたんです(笑)。編集者さんから、もう少しテンポをよくした方が楽しんでもらえるんじゃないかとアドバイスをいただいて、不憫な要素を少し減らしました。でも、話の流れや、みゃあの口調もそのまま。構図も変わってないですね。
――みゃあの大変なことが少し減ってよかったです(笑)。
この作品が出版できたのは、編集者さんが「なにこれ、くだらない」と言わずに、喜んでくれたからです。幸運でした。絵本の出版は慎重に検討されることが多いので、上司の方が冷静に見て、やっぱり辞めましょうとなる可能性も高かったと思うんです。でも、編集長さんがタイトルを聞いただけで「傑作ですね、進めてください」って言ってくれたそうで、とても嬉しかったです。
他と違うこと、受け入れたら見える景色も
――猫の絵本はいろいろありますが、こんなに猫が嫌な目に遭う話はなかなかないように思います。そこがとても面白いのですが、どこから発想したのでしょうか?
ひげが長いというのは、他の猫とは違うところがあるということ。動物も人間も、それぞれみんな他人とは違うところがあって、他と違うことがコンプレックスになることもあります。違うことは嬉しいよりも、大変なことの方が多いんじゃないかと思って。でも、最後には違うことを受け入れる。受け入れるしかないということもあるんですけど、受け入れた先にはちょっといいこともあるだろうし、自分では気づかない、いいことも転がっているんじゃないかと思っています。
――それにしても、いろんな大変な目に遭いますね。嫌なことはどうやって考えたんですか?
とくに考えたわけでもなく、良くも悪くもするりと出てきました。一番嫌そうなのはラーメンですかね。みゃあは、間違えてひげを食べられそうになっただけでも嫌なのに、みゃあ自身もすごく嫌がられるのが理不尽ですよね。
――ひげで大縄跳びをされるのも痛そうで嫌だなと思いました。
そうですね。小さい子って、公園にこんな長いひげの猫がいたら、無邪気に使っちゃいそうな気がして(笑)。
――北澤さんの作品は、カラフルな色がとてもかわいらしい印象ですが、本作は色数を少なくしていますね。
勢いを大切にしたからかもしれません。色塗りをするときはいつも、例えばピンクだったら、全部のページにピンクだけ塗って、次にオレンジ、というようにパズル的に塗っていくのですが、6、7色くらい使うと、どこに塗るか少し考えながら塗っていくので時間もかかります。でも、今回のように3色くらいですと、本当に早く描けるのです。色だけでなく、画風もいつもよりゆるい感じが出せたのは、色数を抑えたおかげですね。
色のことで言うと、ハチワレの猫って、黒白のコントラストが強くて、それだけで映えるので、主人公に使いやすい気がします。例えば、白猫や三毛だったらコントラストをつけるために、周りを描き込もうとか、色を華やかにしようとか、もっと悩みそうですし。
飼い猫が招いてくれた絵本との縁
――北澤さんは、以前、猫を飼われていて、猫との生活を描いた『ぼくとねこのすれちがい日記』(ホーム社)も出されています。この絵本も、同じ猫がモデルですか?
ホワンホワン(以下、ホワン)という、ハチワレ猫を飼っていました。今回の絵本は、ホワンを描こうと思っていたわけではないのですが、ホワンもひげが長かったので、どこか頭にあったのかもしれませんね。ホワンが死んで1年後ぐらいに、表参道にあるHBギャラリーで「ねこのように ゆっくり やすみたい」という個展を開きました。ホワンが見ていただろうと思う風景を描いた作品展で、作品集と合わせて作ったメイキング本をホーム社の方が気に入ってくれて、『ぼくとねこのすれちがい日記』ができました。それ以来、猫の絵を描くときはハチワレが多くなって、この絵本にもつながっている感じです。
――『ぼくとねこのすれちがい日記』の中でも、「すべてはホワンが招いてくれたご縁だと思っている」と書かれていますね。
ほんとに、ホワンは招き猫でもあったと思っています。今、こうやって猫の絵本を出させてもらっているのもそうですし、いろいろ運んできてくれている感じがします。ホワンがいなかったら、今とはぜんぜん違ったイラストレーター生活を送っているかもしれないですね。
――ホワンちゃんが「嫌な目にあっているな」と感じているように思ったことはありますか?
いつも嫌そうな顔はしていたと思います、人間ってめんどくさいなって(笑)。猫って脇の下に手を入れて抱っこすると、めちゃくちゃ体が伸びるんです。それが面白くて、「抱っこさせて」って言って、伸ばして振り子みたいに揺らしていたときは、ほんとに嫌な顔をしていました。いつか復讐してやるって思っていたんじゃないかな。
――それは嫌だったかもしれないですね(笑)。北澤さんにとって、ホワンちゃんはどんな存在でしたか?
ルームメイトに近いですね。大学時代、ルームメイトと住んでいたんですけど、お互い必要以上に干渉はせず、お互いの利害が一致したときだけ行動を共にしていました。ごはんを作りすぎたから一緒に食べよう、とか。ホワンも、定期的にごはんを出してくれたりするから、しょうがないから一緒に住んでやろうって思ってくれていたんじゃないかな。家族だから無限の愛を注ぐぞ!というよりも、お互い必要なときに支え合う感じかな。お互いに尊重し合いつつも、より独立している感じはありましたね。
――絵本の仕事はこれからも続けていきますか?
はい、もともと絵本が好きなので。イラストと絵本の仕事って、近いようですごい遠い世界です。イラストはクライアントさんの想いを絵で表現するのが仕事なので、あまり自分自身を出してはいけないと思っています。一方で、自分の中にも伝えたいことはあるので、それは別のところで出さないといけない。ですので、これからも、絵だけでは伝えられないことを絵本で伝えることができれば嬉しいです。