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「アメリカ外交の歴史的文脈」書評 現実と理念が生むダイナミズム

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年05月11日
アメリカ外交の歴史的文脈 著者:西崎 文子 出版社:岩波書店 ジャンル:政治

ISBN: 9784000616331
発売⽇: 2024/03/18
サイズ: 3.3×18.8cm/400p

「アメリカ外交の歴史的文脈」 [著]西崎文子

 「米国第一」を掲げて国際協調を軽視したトランプ前大統領が再び当選したら――「もしトラ」の不安が日本でも囁(ささや)かれる。
 ではトランプ再選が防げれば、アメリカは安泰か。確かに「初日は独裁者になる」と公言するトランプの危険性は強調してもしきれない。しかし、大多数の国がガザで続くイスラエルの軍事行動を批判する中、強硬にイスラエルを支持してきたのは、国際協調や民主主義を掲げる民主党のバイデン政権だ。この事態をどう捉えればいいのか。
 そう悩む読者に本書を何より薦めたい。自由や民主主義。普遍的な理念を掲げてきたアメリカ外交の歴史を丹念に分析し、その根源にある単独行動主義を炙(あぶ)り出していく。アメリカが掲げる理念は、多くの場合、「利己を超越した特別な国」という独善的な自国認識を強化し、単独行動を助長してきた。現実と理念が織りなすダイナミズムに着眼する著者の分析は、アメリカ外交を理解する上で必須のものだ。
 全米の大学キャンパスでイスラエルの軍事行動への抗議デモが広がる今、二重写しのように見えてくるのがベトナム戦争の章だ。学生の姿に「アメリカの民主主義も死んでいない」と安心や希望を見いだす人は多いだろう。私もその一人だ。しかし著者は、「健全な民主主義国であるアメリカは、道を誤っても、必ず社会からの批判で修正される」という「復元力」への過信こそが、アメリカが単独行動主義や軍事力への傾倒を根本から改めることを妨げてきたと鋭く指摘する。ベトナムからの撤退や冷戦の終焉(しゅうえん)。アメリカが戦争体質を見直す契機となりえた局面には、常に新たな脅威が見いだされ、その体質は温存された。
 アメリカの虐殺への加担を批判する若者たちへの弾圧は激しさを増す。アメリカは戦争や人権侵害に加担しない国に変われるのか。読後は、アメリカと世界平和の未来が自分ごとになっているはずだ。
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にしざき・ふみこ 1959年生まれ。東京大名誉教授、成蹊大名誉教授。著書に『アメリカ外交史』など。