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新井高子さん詩集「おしらこさま綺聞」 濁音だらけの言葉に宿る生命力

新井高子さん

 詩人の新井高子さんは、東日本大震災で被害を受けた岩手県大船渡市を訪ねては、地元の女性たちと交流を重ねてきた。最新詩集「おしらこさま綺聞(きぶん)」(幻戯書房)は、この地域の方言を思わせるような、濁りを含んだ独特の言葉が強い印象を残す。

 群馬県生まれの新井さんの岩手との縁は、民俗学を学んでいた大学院生時代から。地域の人々の話の聞き取りのため、海沿いの町に滞在したことが始まりだった。

 東日本大震災のあと、新井さんは二十数年ぶりに岩手を訪れ、仮設住宅の女性たちと石川啄木の短歌を地元の方言に訳す集いを2年間にわたって開いた。「そこで東北のおばあちゃんたちと知り合えたことが、今回の詩集の文体の力になっている」と新井さんは言う。

 「わだァし、ほどんど喋(さ)べらながったの、七歳(ななづ)まで」(「七歳」)。「おしらこさま綺聞」に収録された詩は、濁音が異様に多い言葉が、独特のリズムを織りなして紡がれていく。

 童歌の旋律をくり返すような、あるいはお経の響きが行き来するような。不思議な抑揚をたたえた言葉から立ち上がるのは、さまざまな世代の女性たちの声だ。

 「この詩集の私は、書き取り係みたいなもの。かといって、具体的な誰かの声を伝えてるわけでもないんです」。時代を超えて浮かんでは消えてきた女性たちのさまざまな声に、自身の筆を委ねようという試みなのだろう。でもそのために、標準語とは違う土地の言葉が、なぜ必要だったのか。

 新井さんが大船渡の老女たちにインタビューする様子をおさめた映像がある。2021年の山形国際ドキュメンタリー映画祭「アジア千波万波」部門に入選した「東北おんばのうた つなみの浜辺で」(鈴木余位監督)。海とはあなたにとって何なのか。新井さんは映像のなかで、女性たちにくり返しそう聞いていた。

 1933年の昭和三陸津波、1960年のチリ地震津波。そして東日本大震災。くり返し訪れる津波の記憶を老女たちは語る。海にすべてを奪われ、それでも海と生きる女性たちに、現代の合理性とは異なる、原始的な生命力のようなものを新井さんは感じ取ったのではないか。

 「濁音だらけの東北の言葉が、標準的な日本語が排除してしまった別の世界に、自分を連れていってくれるという感覚があったんです」

 「おしらこさま綺聞」の詩には、人間と動物のあいだを漂うような、あるいは生命の源泉に帰るようなイメージが、くり返し現れる。

 「濁音が多い東北の言葉のにごりは心のなかの重さと深さだと、大船渡の人たちに教わった」。その重い響きを通してつかまえようとしたのはきっと、現代の光が照らさない暗がりに置き去りにされた、無数の女性たちの喜怒哀楽なのだ。(柏崎歓)=朝日新聞2024年5月15日掲載