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さまよえる孤独な魂 “居場所”を求めるホラー3冊

夢と現実が混じり合う津原泰水の未刊行作品

『羅刹国通信』(東京創元社)は一昨年逝去した津原泰水の初期長編。2000年から01年にかけて雑誌連載され、その後単行本化されることなく埋もれてきた作品が、ついに刊行された。文字を目で追うこと自体が楽しい唯一無二の文体と、読む者を圧倒する鮮烈なビジョン、これぞまさしく津原泰水の小説である。鬼才の“新作”をまた読めたことが嬉しくてならない。

 高校一年の左右田(そうだ)理恵は、震災のPTSDに苦しめられていた叔父を、崖から突き落としたという重い過去を持つ。電車の中で出会った少年から〈人殺し〉であることを言い当てられた彼女はその日を境に、灼熱の荒野を旅する夢を見るようになった。飢えと渇きに苦しみながら日陰を求めてさまよう彼女と仲間たちは、地獄絵の鬼のような姿をしている。そこは人を殺した者だけが集う〈羅刹国〉なのだ。

 一見すると〈羅刹国〉は、理恵の罪悪感が生み出した空想の世界のようだが、夢の出来事が現実に影響を与えるなど、そうとも言い切れない面もある。夢と現実、併行して語られていく物語を辿る読者は、理恵と同じようにふたつの世界で引き裂かれ、現実とは何なのかを自らに問うことになるだろう。〈羅刹国〉とは何なのか。作者はその答えを作中で示していないが、謎解きはおそらく重要ではないだろう。作者が描こうとしたのは、夢と現実が混じり合う世界の手触りであり、その中を彷徨する孤独な魂のありようだったのではないか。そう考えるならば、未完にも思える本書は青春ホラー小説として立派に完結しているともいえる。

真相に唸らされるホラー界の旗手が放つサスペンス

 ホラー界を牽引する澤村伊智の新作『斬首の森』(光文社)は、先の読めない展開が強烈なサスペンスを生み出している長編だ。言葉巧みに人を集めて洗脳し、金品を搾取する悪徳企業T。その研修に参加した水野鮎実は、正社員の命令に従わないメンバーを殴り殺し、その死体の処理まで参加者に手伝わせるTのあり方に漠然とした疑問を抱く。そんな折、合宿所で火事が発生。鮎実は4人の男女とともに脱出を試みるが、周囲は深い森に覆われていて、町に下りるのは容易なことではない。

 仲間の首が次々に切断されるなど、ホラー味がかなり強い作品だが、一方で何が起こっているのかは結末近くになるまで分からない。意外すぎる、それでいて筋の通った真相には誰もが唸らされるはず。いやはや、すごい話を考えたものだ。

 研修の参加者はそれぞれ〈人生の一発逆転〉を夢見ており、そこを悪徳企業につけ込まれてしまった。この呪われた森から逃れ、鮎実は新たな居場所を見つけられるのか。それとも永遠に森から逃れることはできないのか。彼女の選択を見届けてほしい。

〈裏世界〉のSF的テーマが露わに

 宮澤伊織『裏世界ピクニック9 第四種たちの夏休み』(ハヤカワ文庫JA)は、大学生の紙越空魚(かみこし・そらお)と仁科鳥子のコンビが〈裏世界〉と呼ばれる得体の知れない空間を探検する、人気シリーズの最新刊。〈裏世界〉とは実話怪談で語られる怪異が現実に存在している異世界のことで、空魚と鳥子はこれまで〈くねくね〉〈八尺様〉など多くの怪異に遭遇してきた。今回もかつて2ちゃんねるに書き込まれたネット怪談〈シシノケ〉のクリーチャーが登場するなど、マニアックな趣向で怪談好きを喜ばせてくれる。

〈裏世界〉はどうやら人知を超えた何かが、怪談の姿を借りて現れる空間らしいのだが、その意図するところはまったく分からない。巻が進むにつれてその不可解さはいっそう強まっており、異なる知性体(知性体ですらないかもしれない)との接触というSF的テーマが露わになってきた。

 一方でこれは〈裏世界〉と関わることで、日常に新たな居場所を見つけようとする女性たちの物語でもある。この巻ではかつてカルト教団を率いて大事件を引き起こした潤巳(うるみ)るなが、周囲の人々との距離を見つめ直すことになる。そしてそれは主人公・空魚にも影響を与えていく。SFホラーとしても、魂の救済の物語としても読み応えのあるシリーズだ。