大学2年生の夏休みに自転車で旅したのが、中国との出会いだった。その後、農村社会学を専門とする研究者になった著者が、20年あまりのフィールドワークをもとに新書を手がけた。
調査で出会った農民らの生き生きとした言葉とエピソードが印象的だ。学術書を書く際にデータとして使いづらかった「肌感覚」を切り捨てず、ディテールを大事にした。
「滅茶苦茶、ぶっちゃけていうとな」「ワシは村の『低所得者』じゃ」
こんなセリフが読者と登場人物の距離を縮める。山東省の人には自身が生まれ育った広島県の言葉をあてはめたり、江西省でのやりとりでは関西弁をイメージしたり。読みやすさを工夫しながら、中国農村の全体像を描くことも意識した。
中国は格差社会といわれるが、農民は格差をどう感じているのか▽農村の暮らしのなかでの様々な問題を、誰がどのように解決しているのか▽中国政府が進める「新型都市化政策」は農村社会でどんな意味を持つのか。こうした問いを立て、論を進めている。
研究手法も「『オレ流』中国農村調査」として紹介。村に住み込んだうえで「ぶらぶらと散歩する」ことの効用や、「出来事中心のアプローチ」に触れ、失敗の経験も取り上げた。
「生身の中国、等身大の中国を描かないと読者には伝わらないと思いました。個人の体験に限界があるのは承知のうえで、自分の身体で感じた農村を存分に描けた手応えがあります」
2018年を最後に現地調査ができていない。中国で統制が強まるなか、自身やホームステイ先のリスクを考慮してのことだ。インドなどにも対象を広げて研究を続ける。
酒を好んで飲む。この本では各章の最後に「飲酒」にまつわるコラムを配した。著者の宴席での経験が、読者の中国理解の助けになるだろう。
現在57歳。退職後は郷里で、納屋をリフォームした「農村図書館」を運営するプランを練っている。農村関連の本を読みながら酒も飲める空間にしたいと、夢に浸る。=朝日新聞2024年6月8日掲載