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熊野純彦さん「哲学史にしおりをはさむ」 インタビュー 関係の結び目探った軌跡

熊野純彦さん

 少しくぐもった声で、照れ臭そうに時にやさぐれ気味に語る。大勢の前で話すのが苦手で、前任の東京大学時代は講義が好きでなかったとか。

 『西洋哲学史』始めレヴィナス、カント、マルクスらに関する単著が約20点。訳書も次々発表する中、メディアへの登場は控えめにしてきた。

 初エッセイ集となる本書はこれまで書いた文章を若い編集者が集め、目次も完璧に作ってくれた。本の解説、あとがき、若い世代向けの読書案内など多彩だ。たとえばカントの哄笑(こうしょう)について。人に「死なれる」ということ。外国語を話すほうはお手上げだった逸話。作家になる前の奥泉光と、マルクスの文体の魅力を論じた遠い日。子供になくて大人にあるのは「悔い」かもしれないと、西原理恵子の漫画を引いて語ったりもする。

 どれも人への敬意と、関係の結び目を手探りしてきた軌跡がじんわり伝わってくる。しめは「世界を摑(つか)もうとすることば」が自身の進路を決定づけた恩師・廣松渉の著作解説だが、他の様々な人たちに関する筆運びと、格別に大きな隔たりは感じさせない。

 文学部長や図書館長を務めたあと早期退職し、現在の仕事に就いて3年目。経歴上は正統派と「あきらめ」つつ、自己認識は違うと話す。学会活動から距離を置いてきた。それぞれ専門家がいる哲学の通史を書き、近年は漱石に埴谷雄高に三島由紀夫、それに本居宣長まで論じ、「怖いもの知らず」でやってきた。

 「宣長とマルクスやるやつなんて信用できないでしょ? まっとうじゃない」

 実際は依頼仕事が大半だったという。宣長は例外的に手を挙げた。和辻哲郎も西欧と日本の双方を対象にしたと説明できるが、「書きたいもの書いて何が悪いと開き直りたい気持ちもある」そうだ。

 語尾に「思われる」が割合多い理由を尋ねてみた。文学少年崩れの文章上のこだわりと、「思う」「考える」という断定を避けたい気持ちと。手っ取り早い答えを急ぐ時代だからこそ、思考を継続させていく。どこまでも。

 「断定を避けながら、主張しているんですよね」

(文・藤生京子 写真・横関一浩)=朝日新聞2025年11月29日掲載