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ゲームも書籍も「バリアフリー」が重要に 「車いすの哲学者」近藤銀河さんが初の単著執筆で考えたこと

近藤銀河さん=篠田英美撮影

>【前編】「フェミニスト、ゲームやってる」近藤銀河さんインタビュー 安全に失敗できるから「可能性 」がある

ゲームが研究にヒントをくれた

——近藤さんは美術史家として、19世紀末から20世紀初頭のレズビアンの美術史を研究しています。ゲームの評論はその専門ともつながるのでしょうか。

 私は現在からみてレズビアンの表象と呼びうるような古典作品を研究しているのですが、その中でどう考えればいいのかわからなくなる瞬間が度々訪れます。その時代、現在ではレズビアンと呼ばれるような人の多くは作品を作ったり発表したりすることはできませんでした。そういった市場もなく、先行研究も決して多くありません。

 過去を対象に研究することに難しさを覚えることもあるのですが、今話したように、ゲームは過去が創造的なんですよね。私の研究にも過去に対してかなり創造的な操作を行う必要が出てくる瞬間がありますが、ゲームをやることでヒントというか、勇気をもらうことがありました。

健常な人に最適化された制作環境

——この本ではゲームと障害者の関係も語られています。その一つがアクセシビリティーです。

近藤:ゲームでもアクセシビリティーを重視することが増えてきていて、目が見えないプレイヤーには音でキャラクターの位置を知らせたり、耳が聞こえないプレイヤーにはゲーム内で起きていることをすべてテキスト化したり、手話字幕を表示できたりなど、その人の身体に合わせた工夫を行うことで障害を減らそうとしています。コントローラーを握るのが難しいなど操作上の障害に対応する施策もありますね。

 最近はeスポーツも盛り上がっていますが、「ePARA」という団体が、障害がある人がeスポーツを目指すための支援として、開発会社と協力してゲーム自体に意見を加える動きもあります。

——アクセシビリティーの向上は様々な場面で広がっていますね。

近藤:私は車椅子を使っていて、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(CFS/ME)というコロナ後遺症に似た症状の病気なので、すごく体力がないんですね。ゲームとは違うのですが、今回書籍を制作するにあたっては晶文社の編集者の竹田純さんにさまざまな合理的配慮を要請しました。

 まず大変だなと思ったのがゲラ作業です。紙に書き込むのは無理だと思ったので、最初は送ってもらったPDFに板タブで赤字を書き込んでいました。ただ、それでも体力的な負担が大きかったので、編集の竹田さんにお伝えしてやり方を変えてもらいました。PDF上に竹田さんが修正を提案したい箇所に1,2,3,4と番号を振ってもらい、その番号に修正のテキストを書いていくというものです。

竹田純:近藤さんはスマートフォンでゲラチェックをしていたんですよね。スマホ上でPDFとグーグルドキュメントを切り替えながら、グーグルドキュメント上に修正指示を記入していました。手順としては、僕がこのグーグルドキュメントを受け取ったあと、近藤さんの指示に従って赤字を入れたゲラをDTPさんに送るというやり方です。

実際のゲラと近藤さんの修正テキスト。「お」は、編集の提案を反映する「OK」の意味

近藤:いつも横になってパソコンやスマホで作業しているので、何かに書き込むのはやりにくく、体力を消耗します。キーボードで打ち込む方が動きが少なくて済みますし、テキストファイルで作業できるようになってからはすごく作業が捗りました。

 制作を通して、本作りって健常な人に最適化されているんだなと改めて思いました。その中で健常ではない人間がどう本を作れるのか、すごく模索していましたね。

——読書のアクセシビリティーについては昨年『ハンチバック』で芥川賞を受賞した市川沙央さんが問題提起して、文芸誌が電子化されるなど変化がみられます。制作環境も変化が求められますね。

近藤:本づくりに限らず様々な場面で考えます。講演に行った時も、観客側はバリアフリーだけど車椅子で壇上に上がるための手段がなかったことがありました。利用者ではなく提供側の合理的配慮の必要性をひしひしと感じますね。

——ゲームと障害者の関係として、ゲーム内の表象についても本では言及されていました。

近藤 そうですね。ただ、ゲームにおける障害をめぐってはアクセシビリティーの方が進んでいて、表象の面ではまだまだ難しいところが多いです。

 よくあるのが、例えばメカニックな義手をつけたキャラクターがそれをアップグレードしていくようなもの。こうした障害によって大きな力を得ているような描写がすごく多いんです。研究者の井芹真紀子さんは、ロンドンオリンピック以降スーパーヒューマンとしての障害者像が広まっていることを批判していましたが、ゲームでも同様のことがありますね。

気軽にゲームを作って広がる世界

——この本ではゲームをやるだけではなく、自分でゲームを作ってみることも勧めています。

近藤:紹介したゲームの中にはフェミニストやクィアの手による作品も多く、ゲームを作ることは大きな可能性を持っていると考えています。大手ゲームメーカーが多額の予算をかけた大作だけがゲームじゃないですし、5分くらいで遊べるようなものをみんなが気軽に作れば、もっと世界が広がっていくと思っています。

 本の中ではゲームを作り、公開するための方法も紹介しています。その方法を使って、私も本の内容を紹介するゲームを作りました。

——8ビットの懐かしい感じのグラフィックで、プレイヤーが猫の姿、近藤さんは車椅子で描かれているのが素敵でした。

近藤 車椅子の人と、健常な二足歩行している人というふうにしたくなかったので、じゃあ猫にしよう、という(笑)。ぜひみなさんも猫になってもらえたら。

 この本を通して、フェミニストやクィアな人たちがゲームに興味を持ってくれたらいいなと思いますし、ゲームやってる人たちがこういう視点があるんだと気づいてくれるのもうれしいです。もちろん、まだどっちにも興味がない人が読んでもいろんなことが学べると思うので、ぜひたくさんの人に読んで、そしてゲームをやってほしいですね。