私の手元にある新潮文庫のサン=テグジュペリ『夜間飛行』は、すっかりすり切れてカバーもなくなっている。10代の頃に買ったものだ。表題作の『夜間飛行』も好きだけれど、より多く読み返してきたのは併録された『南方郵便機』の方だった。『星の王子さま』で有名なこの作家のデビュー作である。
訳は堀口大學。最初に読んだのが堀口訳だったせいもあって、堀口の特異な訳でないとサン=テグジュペリを読んだ気がしない。詩人でもあった堀口は「書かれてはいないが、文意に出ている」といった理由で原文にない言葉も勝手に補ってしまう人だった。難解でありつつもリズミカルで叙情的な文体には、作者と訳者が合作しているような独特の味わいがある。『南方郵便機』は構成の未熟さ、展開の冗長さを指摘されることも多いが、あとがきを読む限り、堀口は『夜間飛行』より高く評価していたようだ。
サン=テグジュペリの小説の多くがそうであるように、『南方郵便機』も飛行士を主人公にしている。長距離飛行が今よりはるかに危険で、多くの飛行士が命を落としていた時代。サン=テグジュペリ自身も飛行士であり、サハラ砂漠に不時着して奇跡的に生還した経験を持っていた。
『南方郵便機』の主人公ベルニスは、不幸な人妻ジュヌヴィエーヴと恋に落ちるが、身分の違いを越えられずに関係は破局、傷心のまま郵便飛行機で長い航路を辿っている。しかしベルニス自身も砂漠で消息を絶ってしまい、同じ飛行士であり、親友でもある語り手の「僕」が捜索に向かう――。
学生時代は相思相愛のまま別れてしまう恋人たちの姿に深く心を揺さぶられたものだったが、中年になってから読み返すと、ベルニスを案じ続け、捜索に向かう「僕」の友情にも目が向く。
「いい夜だ。君はどこにいるのか、ジャック・ベルニスよ? どこにいるか? 君の今いるそこは近くであるか、また遠くであるか? 早くも君の存在が何と軽いものになっていることか!」
そんな問いかけも空しく、やがて「僕」は賊軍に撃墜された飛行機とベルニスの遺体を発見する。
「世に残された唯一の絆、僕の友情の蜘蛛の糸が、君をつなぎ止めるには足りなかったか? それとも不実な羊飼いの僕が居眠りしていたのか?」
サン=テグジュペリの作品には飛行士の死というモチーフが頻出する。おそらく同僚を何人も失っていたのだろう。この小説に感動しながらも、10代の私は友人との別れにあまり注目していなかった。同年代の死がまだ想像の埒外だったのだ。今、『南方郵便機』を読む時、自分のそんな若さをもまぶしく思う。