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「わたしのeyePhone」書評 指先で手に入れる「小さな選択」

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月15日
わたしのeyePhone 著者:三宮 麻由子 出版社:早川書房 ジャンル:日本のエッセー・随筆

ISBN: 9784152103291
発売⽇: 2024/05/09
サイズ: 13.1×18.8cm/200p

「わたしのeyePhone」 [著]三宮麻由子

 目の前の文字を、見えない自分に代わって読んで聞かせてくれる。iPhone(アイフォーン)は、著者の「掌(てのひら)の中の目」になった。
 わたしやあなたの1台にも、機能は備わっている。ホーム画面の【設定】から【アクセシビリティ】、【VoiceOver(ボイスオーバー)】。指先で新しい扉を開き、便利に使えるようになったその先、心に起きている変化に著者は気づいた。本書は等身大の体験を通して、人と技術の関係に問いを投げかける。それは、可能性を広げるものかと。
 著者は、自分で足元を照らしながら、歩いてきた人のように思う。学んだ語学で職を得て、愛する野鳥や音楽への思いを本にする。「大きな夢は一応全て叶(かな)えることができた」と記せる人生。川のせせらぎのように澄んだ筆致に、強い意志が映っている。ただ、「一人の生活者としての自信」はまた別の話だった。
 たとえば届く郵便物をどう仕分けるか。紙質から内容を当てる「特技」だけでは乗り切れない。
 あるいは買ったカレーが激辛か中辛か、賞味期限はいつか。必要不可欠な情報なのに、パッケージのどこに表示があるのやら。だれかに頼まないと完了しない、ちょっとしたことは多かった。
 転機はコロナ禍だ。
 頼りになるはずのネットスーパーは、軒並みサイトの作りが壁になって利用できない事態に。著者はネットの音声読み上げに対応した食材の宅配サービスにたどりつく。
 カタログを吟味し、利用者同士の情報交換を楽しんで、初めて「納得と確信を持って注文できるようになった」。家族の好物を見繕って「頼んであげる」こともできる。
 そう、暮らしは小さな選択の連続なのだ。自由に選んだことが、生活者としての自信になる。著者はここでだけは、「尊厳」や「革命」という大きな言葉を使う。
 スマホに対して、人から時間や能力を奪うものという言い方がされる。けれど使い方次第。その逆だってある。
    ◇
さんのみや・まゆこ 外資系通信社で報道翻訳を手掛け、エッセイストとしても活躍。著書に『そっと耳を澄ませば』など。