1. HOME
  2. 書評
  3. 「宇宙開発の思想史」書評 地球を飛び出す超人間的なエゴ

「宇宙開発の思想史」書評 地球を飛び出す超人間的なエゴ

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月22日
宇宙開発の思想史: ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで 著者:フレッド・シャーメン 出版社:作品社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784867930366
発売⽇: 2024/06/05
サイズ: 13.2×19cm/288p

「宇宙開発の思想史」 [著]フレッド・シャーメン

 宇宙は生存や居住には適さない。だが、人間は莫大(ばくだい)な費用を投じ『ガンダム』で言う「地球の重力に魂を引かれた人々」の限界を超えようとしてきた。地上のエゴを飛び越す超人間的なエゴ――その成り立ちは、科学的な合理性だけでは説明できない。本書が示すように、それは主にロシアやイギリス、アメリカで形作られた思想的な人工物である。
 例えば、ロシアのロケット工学の先駆者ツィオルコフスキーは、19世紀の神秘主義哲学者フョードロフの影響下で、宇宙進出を「不死性」のめざめと結びつけた。彼ら宇宙主義者の考えでは、人間が宇宙を支配するとき、存在は死を克服し、全世界の死者が復活する(!)。彼らは無限の宇宙を旅し、不死を達成することを、人間に与えられた責務と見なした。
 かたや、アメリカでは1970年代に物理学者ジェラード・オニールが宇宙居住計画を示し、ヒッピーの導師ティモシー・リアリーを触発したが、NASA(アメリカ航空宇宙局)の予算はむしろ削減されていった。今日では民間の大富豪であるテスラのイーロン・マスクとアマゾンのジェフ・ベゾスが、宇宙進出に強い意欲を示す。マスクは地球上での人類絶滅から逃れるために、火星への移住計画を掲げた。逆にベゾスにとって、地球は「最高の惑星」である。彼はオニールの構想をもとに、宇宙でのコロニー建設を探るが、それは地球の資源や環境を改善する手段だとされる。
 本書はテーマが壮大で興味深いだけに、その記述の物足りなさも目立つ。著者はSF作家アーサー・クラークに一章を割くのに、宇宙エレベーター建設を描いた『楽園の泉』や、叙情と思索を融合させた名作『都市と星』をなぜか論じない。小惑星探査や宇宙地政学の分析も冴(さ)えない。それでも、宇宙への欲望を複雑な多面体として描いたのは、重要な一歩だろう。宇宙思想史の本格的な「開発」が待たれる。
    ◇
Fred Scharmen 米モーガン州立大准教授。専門は建築と都市デザイン。コンサルタント会社も共同で設立。