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大平一枝「正解のない雑談」 相手の話を聞き自分に近づいていく

「正解のない雑談 言葉にできないモヤモヤとの付き合い方」

 あなたのなかにある「言葉にできない感情」はなにか。その感情とどう折り合いをつけているか。著者の大平さんがそんな質問を抱えて、さまざまな職業の対談相手のもとに赴き、お互いの言葉に耳を傾ける。さながら「大人の冒険の書」のような対談集。答えを見つけるためのものではなく、あぁ自分だけではなかったのだ、なるほどそういう考え方があるかなど、読めば内観にも等しい読書体験になる「過程」の書だ。

 「自分が持ってるものをどう生かせば、気分よくいられるかは工夫できます」(ヘア・メイクアップアーティストの山本浩未さん)

 「どれだけ周りから言われても、頑張らないようにはできない。だとすれば、つまりここでもまた、だましだまし、頑張ってしまう自分を受け入れていくことが自然なんだと思います」(絵本作家のヨシタケシンスケさん)

 頑張りすぎないように、比べないように、前を向いて、といった正論はわかる。しかしそれが簡単にはできない。というか、そもそもだれにでもあてはまる最適解などない。人は時間と経験を経て、自分という存在に近づいていく。

 「呑気(のんき)に弱音を吐いて、聞く人も別にそんなに深刻に受けとめなくてよくて、お互いにうまく聞き流したりして」(劇作家・演出家の三浦直之さん)

 一般的に良くないとされる「弱音を吐いて」「聞き流したり」することも、なんでも重大に受け止めるよりは身体を軽くすることがある。

 「じつは本にそんなに答えがあるわけじゃないなと思うんです。ただ、読むことで自分が耕されることは誰しもにあると思います」(書店「Title」店主の辻山良雄さん)

 自分に近づくために、自分を耕す。最短距離で答えを求めない。理想や正論とは別の、自分の受け入れ方、自分への近づき方の書。考え続けることを放棄しない。飴(あめ)を口のなかで時間をかけて味わうように、あなたは言葉にできない感情を味わい尽くす。=朝日新聞2024年7月6日掲載

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 KADOKAWA・1870円。作家・エッセイストの大平さんが対談するのは、ほかに料理家・飛田和緒さん、写真家・川内倫子さん、精神科医・星野概念さんら全13人。