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「戦時から目覚めよ」書評 人類史の論点 新鮮な文明の書

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月13日
戦時から目覚めよ: 未来なき今、何をなすべきか (NHK出版新書 720) 著者:スラヴォイ・ジジェク 出版社:NHK出版 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784140887202
発売⽇: 2024/05/10
サイズ: 11.2×17.2cm/288p

「戦時から目覚めよ」 [著]スラヴォイ・ジジェク

 ロシアのウクライナ侵略と今後の国際社会、人類史が向き合わざるを得ない論点を整理した、極めて新鮮な文明の書である。スロベニア出身ゆえか、西欧の政治思想や力学に一定の距離を保ち、その分析は納得できる。
 ウクライナ侵攻は「ロシアにおけるレーニン主義の伝統の排除を目的とした長きにわたる奮闘の総仕上げ」と、著者はとらえる。スターリン主義の延長で、プーチンは侵略を進めているという。
 プーチンがこれを「戦争」でなく、「特別軍事作戦」と言えと命じるのは、ウクライナ以外の国の平和維持のための戦いとみなしているからだ。かつての西側陣営の、イラクなどへの軍事介入時の言と重なるという。
 ウクライナ戦争を「西欧諸国の内戦か?」と問う、カナダのある心理学者は、これを「リベラルな主流派と、新右派ポピュリスト」との間におきている対立とみる。ロシアのウクライナ攻撃と、米共和党のウクライナ支援反対は、同一のグローバル運動から派生したふたつの枝だとも指摘する。
 著者は、平和主義の姿勢には、ロシアの侵攻の標的がウクライナだけでなく、西側の「自由民主主義体制全体」であることを見抜いていない点で限界があると警告する。
 また、ロシアの天然ガスをボイコットする政策は「戦時共産主義」に繫(つな)がるという。軍事活動へ情熱を傾けるのは破滅からの逃避に過ぎない。世界の危機と終末はヨハネの黙示録の「四騎士」を連想させる。四騎士とは、疫病、戦争、飢餓、死である。死は、デジタル機器と思考の結合が引き起こす「ふたつ目の死」で、人間性への影響についての指摘は鋭角的で深い。
 我々が目覚めるには、さらに大きな衝撃と危機が必要だと著者の筆は進む。それでも今、取り組むべきは「現在の基準に沿って過去を測る」営みである。まず「ウクライナの抵抗を認め、称(たた)えること」との結論は、私たちに歴史への参加を呼びかけている。
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Slavoj Žižek 思想家。1949年、スロベニア生まれ。哲学、芸術、政治などを論じる。著書に『イデオロギーの崇高な対象』など。