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姉崎等、片山龍峯「クマにあったらどうするか」 実践的な知識の連続に圧倒

 近年、クマの個体数が増え、人との接触事故も増えている。人の進出に応じてクマの行動も変わった。語り手の姉崎さんは、そうした兆候を早くに察し、本書でも語っている。

 姉崎さんには、お会いしたことがない。記録映像の中で話されている姿からは、寡黙ながら温かみを感じる。山と動物の話をする顔に喜びと自信が漂う。聞き書きをした片山さんは、ライフワークとしてアイヌ語・アイヌ文化の記録と研究をした映像作家だ。

 アイヌ女性を母に持つ姉崎さんは、父が和人(いわゆる日本人)の屯田兵であったことから、アイヌ社会では疎外を感じた。アイヌの土地を占有し、横柄に振る舞う和人たちが反感を持たれることはわかるとしても、それが幼い子供に向かうのはやるせない。その父も12歳で亡くし、以前から家計を助けていた姉崎さんは、様々な仕事をしながら、山でキノコや小動物をとっていたが、やがてクマを撃つようになる。

 山での歩き方、動き方は全て「クマに教えてもらった」という。その知識は、クマの足跡をたどりながら、なぜこう動くのか、ここで何をしたのかという思索を重ね自分が「クマになる」ほどクマに迫った経験から得たものだ。そんな姉崎さんと片山さんの共通点は知的な好奇心だろう。クマ撃ちについてのやり取りを読むと、素人が考えるハンターのイメージとは異なる、実践的な知識の連続に圧倒されるのだが、行間に二人の楽し気(げ)な様子が伝わってくる。随所に見られる、アイヌ文化や宗教的な知識にも引き込まれる。

 本書が書かれた頃にして既にクマの変化は実感されていた。変動するクマとの関係に対応するには、先人の知識をなぞるだけでなく、クマになり、クマの目から人間を問うべきではないか。そう考えさせられる。=朝日新聞2024年7月27日掲載

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 ちくま文庫・924円。2014年刊。19刷7万1千部。02年に出た単行本を文庫化。「アイヌ最強のクマ撃ち」だった故・姉崎さんからの聞き書き。「クマの被害が多いからか、直近1年の売り上げは例年の約3倍」と担当者。