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西加奈子、村田沙耶香、金原ひとみほか「私の身体を生きる」 自分との違い想像する豊かさ

 小学生の頃、私は芸能事務所に入った。それ以来、髪や眉を切るにも必ず大人の許可が要り、思春期に少し体重が増えると「あと100キロ増やしてキャラ変したら?」と言われた。会社の売り物として、美しく、素直で、明るく元気な若い女性のステレオタイプに私の身体を合わせてきた。初めて誰の許可も取らずに髪を切ったのは27歳だった。

 だからだろうか、『私の身体を生きる』というタイトルは、読むまでどこか腑(ふ)に落ちなかった。女性として生きる17人の表現者が、性欲・妊娠・コンプレックスなどをテーマに、身体とどう向き合ってきたかを綴(つづ)ったエッセー集である。

 作家の藤野可織は、結婚後に妊娠するかどうかの意思決定を迫られ、ドラマの中で若い夫婦に「次は子どもですなあ」と笑う水戸黄門に中指を立てていた自分自身が、実は結婚と妊娠・出産を結びつけていたと知り、ずっとねじ伏せたかったものの正体を見る。作家の村田沙耶香は、大切な心の中の王国と接続する手段や祈りとして自慰を捉え、肉体の鼓動の先で想像上の生き物とあたたかく触れ合い、救われてきたと書く。

 どの頁(ページ)にも個別の経験と痛みが刻まれ、インスタントな共感でなく、人の身体はそれぞれ違うという当たり前の驚異を突きつけられる。そもそも、この差別的な社会で自分の身体をそのまま受け入れ、生きていられる人なんてほとんどいないのかもしれない。

 しかし、作家の千早茜が書くように、自分と違う身体を介した世界があると想像することは「ほんの少しだけ、この窮屈な身体から魂を解いてくれる」。

 人の身体の数だけ、別の世界がある。本から顔を上げ、あたりを見ても、私と同じ身体は他にない。他者の身体を通した世界を知り、その違いを想像する豊かさを伝えてくれる一冊だ。
 =朝日新聞2024年8月31日掲載

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 文芸春秋・1650円。今年5月刊。3刷1万3500部。「書き手それぞれの真摯(しんし)な言葉が読者に届き、同じように感じていても言葉に出来なかったことが初めて語られたという感動があったのではないか」と担当編集者。