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大矢博子さん注目の時代小説3冊 人の本性、巧みにすくう文章芸

  • 麻宮好『龍ノ眼』(祥伝社)
  • 京極夏彦『病葉草紙』(文芸春秋)
  • 垣根涼介『武田の金、毛利の銀』(KADOKAWA)

 情景が浮かび心情をすくい上げる、いい文章を書くなあと常々感じているのが麻宮好(あさみやこう)だ。『恩送り 泥濘(でいねい)の十手』で第1回警察小説新人賞を受賞して以降、一作ごとに腕を上げている。

 その麻宮好の最新刊『龍ノ眼(め)』は、上質の砥石(といし)の横流しを疑われる村に隠密同心が調査に赴く物語である。ただの役人の振りをして村人たちと交流を持つが、その村には意外な秘密があり……。

 絶対に入ってはいけない禁足地の存在、夜にしか外に出てこない謎めいた子どもなど、興味をそそるモチーフが続々と登場する。村の不自然な特徴には気づく読者もいるかもしれないが、なぜそうなったのかという理由こそが読みどころ。現代にも通じる、人の愚かさと悲しさが迫ってくる。砥石の切り出しという今では馴染(なじ)みの薄い職業の描写も一読の価値あり。

 文章の巧みさという点ではベテランのこちらもはずせない。京極夏彦『病葉草紙(わくらばそうし)』の語りは、上手(うま)いというよりもはや芸だ。

 藤介(とうすけ)が差配している長屋で起きた事件を、家からまったく出ない本草学者の久瀬棠庵(くぜとうあん)が解き明かす連作である。祖父を殺したと泣く孫娘、夫の様子がおかしいと悩む妻、料亭での酒宴に出た四人が次々と頓死した一件……。藤介が棠庵に相談すると、彼は決まってこう言う。「虫ですね」

 人の体内にいるという虫の載った書物を示しながら、彼は事件を診断していく。それはあからさまに噓(うそ)なのだけれど、事件はそれなりに落ち着くのだ。噓でも何でも人は信じる何かがほしいのだと伝わってくる。

 落語を聞いているかのような軽妙でテンポのいい語り口に時間を忘れる絶品の一冊。ちなみに棠庵は著者の『前巷説(さきのこうせつ)百物語』に登場した老人の若い頃の姿である。

 歴史小説からは垣根涼介の直木賞受賞後第1作『武田の金、毛利の銀』を挙げよう。

 天下を狙う織田信長が避けて通れないのが甲斐の武田と安芸の毛利だ。彼らの強みは財力で、武田には甲州の金山が、毛利には石見銀山がある。それぞれの鉱山の取れ高がどれほどなのかを調べるため、信長は明智光秀とその盟友、兵法者の新九郎と僧侶の愚息に両国への潜入を指示する。

 戦は銭のある方が勝つという、身も蓋(ふた)も無い真理には笑ってしまうが、これが戦国の経済小説になっている点が興味深い。実際、戦の前にはこうした情報戦や駆け引きがあったのだろうと納得する。エンタメとしても練られていて、知謀ありアクションあり。光秀らが出会った甲斐の武士の正体にはあっと言わされた。

 なお、新九郎と愚息は『光秀の定理』の登場人物である。話が続いている部分もあるので、併せて読むとさらに楽しめる。=朝日新聞2024年9月25日掲載