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ててたりと(埼玉) 本屋にして福祉事業所。「利用者」がつくる、とりたてて意味のある場所

 川口が好きだ。川口能活も好きだったけれど、今回は埼玉県川口市のことである。北区赤羽と荒川を挟んでひと駅の川口駅から蕨駅の界隈には、ケバブやガチ中華などのエスニック系名店が多い。味はもちろんのこと、そのたたずまいも、店に集うさまざまな国の人たちも、非常に心地よく感じるのだ。

 と、いっぱしの川口通ぶった発言をしておきながら、実は駅周辺しか知らない私であった。たまにはちょっと足を延ばしてみよう。そう思い川口駅からバスに乗ること約15分。目指す「本屋さん ててたりと」は、その名の通り本屋なのだけど、もうひとつ違う役割があるという。

「就労継続支援B型事業所」の本屋

 バス停から3分ほど歩くと看板が見えてくる。大きく取られたガラスの扉の向こうに平台が並んでいる。ドアをスライドして入ってみると、10人ほどが店内で作業をしていた。今までに訪ねた本屋の中で、一番スタッフが多いのではないか……?

写真ではちょっとわかりにくいけれど、店のイラストロゴは、ドラマ「半分、青い。」オープニングのアートディレクションで知られる川上恵莉子さんが手がけている。

 「ててたりとは『就労継続支援B型事業所』として、障害のある人たちの働く本屋です。登録している利用者は約60人いますが、1日あたり約20人が店に来て働いています」

 そう教えてくれたのは、ててたりと代表の竹内一起さんだ。そうなんですね、と言いつつ実は就労継続支援の作業所におけるA型とB型の違いがあまりわかっていなかった。この際だから、教えていただくことにしよう。

 「簡単に言うと、A型事業所は雇用契約を結んだ上で働く場所になっています。B型事業所は雇用契約がないため、自分のペースで働くことができます。A型は労働する場所としての機能が強いですが、B型は障害がある人たちの居場所としても機能しています」

 以前紹介したつくばの「サッフォー」は、隣のB型事業所が焙煎するコーヒーを、カフェスペースで供していた。しかし本屋そのものがB型事業所というのは、今回が初めてだし全国でも珍しいのではないか。どうして竹内さんは、ててたりとを始めたのだろう?

 

「本屋さん ててたりと」を運営する、TETETARITO株式会社代表の竹内一起さん。

弟の死をきっかけに精神保健福祉士に

 竹内さんは、1972年に長野県須坂市で生まれた。子供の頃は地元駅前の平安堂という、長野県一帯に店を持つチェーン系本屋をよく訪れていたという。本が好きだけどジャンルにこだわりはなく、10代の頃は校内で流行っていた氷室冴子など、少女向け小説が多いコバルト文庫まで触手を伸ばしていたと、竹内さんははにかんだ。

 「本も好きだけどバレーボールも好きで、中学はバレー部に入っていました。卒業後は東京の大学に行こうと思っていたけれど、とくに何を専攻したいという目標もなくて。日本大学の付属高校にいたのでそのまま日大に進学しましたが、『卒業後は長野に帰ろうかな』と、漠然と考えるにとどまっていました」

 竹内さんはまさに団塊ジュニアのど真ん中世代で、大学の受験倍率が今では考えられないほど高く、地方の私大でも20倍なんてところもあった。そんな時代に現役で入学したのだから、さぞや明るい大学生活を送れたのでは?

 「それが大学に入った直後にバブルが崩壊して、卒業する頃にはすっかり就職氷河期になっていました。だから就職活動は本当に大変だったのですが、地元紙の信濃毎日新聞社系列の印刷会社、信毎書籍印刷に入社が決まって。書籍を専門に印刷する会社の東京支社で、営業として働くことになりました」

 担当していたのは、私が番組制作会社を辞めたのちに在籍していた、情報誌を発行していた出版社だった。同じ時期に同じ場所にいたのだから、絶対どこかですれ違ってますよね? とはいえ1年と少しでまた辞めてしまった私と違い、竹内さんは約10年勤めて転職し、食品会社の営業やコールセンターのマネージャーとして働くことになった。

 

FM川口のラジオ番組「サウンドカフェ」の中で、おススメの1冊を紹介する「ててたりととしょ」コーナーがオンエアされている。

 竹内さんが帰郷した理由のひとつに、大学を卒業した頃に1歳年下の弟が統合失調症を発症したことがあった。統合失調症は約100人に1人、多くが35歳頃までに発症し、適切な医療ケアや家族の支援が欠かせない病気だ。実家から離れている間に父が亡くなり、母も高齢になり、成人男性のケアを引き受けるには体力が心もとなくなっていたが、川口市内に家を構えていた竹内さんは、弟と積極的に関わる機会を持たないままだった。

 そんなある日のことだ。

 「弟が亡くなったと母から電話があったんです。帰省して、弟の遺したものを整理したのですが、とにかく手続きなどやることが多くて。いろいろと手を焼いていた時に精神保健福祉士の人と出会い、福祉の仕事に興味を持つようになりました」

 

小説のポップは長文のものも多い。もはや著者へのラブレターとも言えるほどだ。

すぐに腐らない「本」は、福祉の場所に向いている

 弟が亡くなったのは寒さ極まる1月初めのことで、精神保健福祉士の存在を知ったのが2月。福祉士の養成学校が始まる4月は目前に迫っていた。しかし上司に相談したら「まずは受けてみては」と言われ、出願が間に合った学校を受験したところ、3月に合格通知が届いたそうだ。

 「会社からは引き継ぎがあるので、4月末までは来て欲しいと言われました。だから学校には実質、GW明けから通い始めたことになります。約1年間で国家試験の受験資格を得て、試験に合格して精神保健福祉士となりました」

 住まいと同じ川口市内にある、就労移行とB型の多機能型事業所の職員になった竹内さんは、支援員の生活相談や障害者雇用の採用面接の同行などに携わった。レストランや清掃などを幅広く手掛ける事業所の中で異動しながら、足掛け8年在籍。そんな中でこの先、どうしようかと考えるようになった。

 「B型事業所はパンやクッキーなどを作るところも多いのですが、食べ物という特性上、売れ残りをどうしていくかということに課題がありました。また何年も修行したり、海外で修行したりという方が作ってらっしゃるお店にはかなわないことも多い。でも本ならすぐに腐ったりしないし、どこで買っても値段はもちろん内容も変わらない。だから本は、障害がある方や福祉の就労支援事業所で扱うのに向いているのではないか。そう思うようになりました」

 とはいえ、実際に事業所を立ち上げるには資金はもちろん、本の仕入れ先の確保も必要になる。取次の大阪屋栗田(現・楽天ブックスネットワーク)に連絡したところ、親身に相談に乗ってくれた。金融機関から開業資金も借りられる目途がたち、自己資金を含めて何とか立ち上げが可能と思えるようになった。約1年かけて見つけた物件は元オートバイショップで、そのうち14坪を本の売り場としてイメージして設計したそうだ。

 「駅から距離はありますが、川口からはもちろん西川口や東川口、蕨といったJRの各駅からバス1本で来られるので、実は意外に便利な場所だったことも、決め手になりましたね」

本屋の仕事はすべて「利用者」が担当

 思い立ってから約3年が経過した2018年8月、「本屋さん ててたりと」はオープンにこぎつける。14坪の広さに約4000冊、本屋の仕事はすべて、事業所の利用者となる障害のある人たちが担当していて、竹内さんはじめ支援者は基本的に生活支援に携わっている。だからこの店には店長はいない。

 「しいて言えば利用者となる障害のある人たちが、その立場を担っています」

 

壁にずらりと並ぶマンガの数々には、それぞれポップが描かれていて、見ているだけで楽しい。

 オープンして1年と少し経った頃にコロナ禍が猛威をふるったが、ててたりとはB型事業所ということもあり、感染対策を徹底したうえで利用者が通えるように開いている必要があった。その上で書店として開けていたところ、存在を知ってくれるようになった市民も多いという。この6年間の売り上げは堅調ではあるものの、季節でバラツキがあるため、「コンスタントに売れるようにする」ことが目標だと竹内さんは言う。

 ざっと棚を眺めてみると、ベストセラー小説や雑誌、マンガのボリュームが多めになっていた。市内一円に配達していることもあり、雑誌もしっかり置かれているのが特徴だ。本のラインナップも店員である利用者が決めているからか、その人の推しと思われる作品に、濃くて長いポップが付いているものも多い。

 働いて約1年半になる古本直樹さんに声をかけ、おススメを聞いてみる。すると『ゼロからわかるメソポタミア神話』(イースト・プレス)だと答え、その理由をアツく語ってくれた。メソポタミアに全く造詣のない私だが、聞いているうちに読みたくなってお買い上げしてしまった。

古本さん(左)が立っている、ブース状になっている場所がレジスペースに。

 古本さん以外にもレジの打ち方を教わる人、熱心にトイレの清掃に励む人、バックヤードで作業に勤しむ人と、利用者は誰もが自分の仕事に忙しい。居場所でありながらもそこに自分の役割があるとやりがいを見出せるし、買う側にとっては新たな本との出会いに恵まれる。「とりたてて」を逆にした店名だけど、誰かに「こんな場所があった」と伝えたくなるほど、私にとってはちょっと格別な存在に思えた。

 「店名をどうしようかと思っていた時に、友人が『とりたてて意味のない読書会』という、ゆるくてのんびりした読書会をしていたのもヒントになりました。利用者の皆さんが暗い気持ちになったり、スティグマを与えられることになったりしないようにしたいと思っていたので、ゆるい雰囲気のこの名前にして良かったなと、今は思っています」

 笑顔で語った竹内さんに別れを告げて、再びバスで川口駅を目指す。また近いうちに来ることになるだろうから、まずはメソポタミアを読破してから、新たなオススメを教えてもらおうっと。

 こうして私が川口を好きな理由が、もうひとつ増えた1日だった。

 

一見すると本屋とはわからない個性的な看板も、利用者の方によるもの。

ててたりとの書店員たちが選ぶ、あえて取り上げたい3冊

●『面倒だから、しよう』渡辺和子(幻冬舎)
エピソードで印象に残るものがありました。横断歩道を歩いている子どもがトラックに轢かれそうになったときのことです。運転手はいまいましく思ったところ、子どもから「ありがとうございました」と笑顔で言われ、その運転手は、その同じような場面では徐行運転をして、道を渡る人の前では笑顔でいることを心がけたそうです。著者からは、穏やかに「今、を大事」にし、常に「生かされている」という姿勢が伝わってきます。人間は面倒だとやらないことが多いですが、面倒なことを避けずにあえて「面倒だからしよう」という生き方も、人生をよりよくするものなのかもしれません。そんな気持ちにさせてくれる一冊です。(山口)

●『ゲーム旅』toshibo(芸術新聞社)
時代に取り残され風化していく建物や乗り物たち。緑に包まれながら消えゆくその姿に神秘を感じられる本です。(古本)

●『“きれいな字”の絶対ルール』青山浩之(日経BP社)
 知人から珍しく手書きの手紙をもらい、字体が綺麗だなと思ったことがあり、自分自身の字を意識したところ、クセ字だなぁと思ったり、日によって字体が変わったり、使うペンによって違う字体になっていることに気づかされました。未だに自分自身の“字”が定まってないことを実感していたところ、この本のタイトルが目にとまり、読んでみました。この本の良かった点は、自分の字体や書き方について分かりやすく説明しているところです。この本を読めば、誰でもすぐに実践できると思います。私も数十年付き合ってきた自分の“字”を確立したいという思いで読んでいます。(緒方)

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