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水村美苗さん「大使とその妻」 12年ぶり長編小説「今はない日本をたぐり寄せたい」

水村美苗さん<堀口豊太氏撮影>

 寡作ながら作品はどれも重量感があり、読書の喜びに満ちている。水村美苗さんの12年ぶりとなる小説「大使とその妻」(新潮社)も例外ではない。海を越える個人史を追いかけていくうちに、日本人の来し方へ思いをはせる壮大な長編となった。

 語り手は日本文化を研究する米国人のケヴィン。軽井沢の追分に立つ小屋にひとり暮らす。隣の山荘に越してきた篠田氏はかつて南米の大使だった。物語は篠田氏とその妻、貴子が姿を消した山荘から始まる。ケヴィンは夫妻の思い出を日本語で記してゆく。

 このケヴィンが変わり者で面白い。自分の小屋を「方丈庵(ほうじょうあん)」、夫妻の山荘は源氏物語絵巻を想起して「蓬生(よもぎう)の宿」と呼ぶ。古今和歌集から谷崎潤一郎まで日本文学を広く愛し、「失われた日本を求めて」と名付けた英語サイト構築のプロジェクトを始めた。満月の夜に能を舞うなど現代日本とかけ離れて生きているような貴子と意気投合し、蓬生の宿を訪ねるようになる。

 米国人男性の視点で小説を書きたいという思いは、1990年に「続明暗」でデビューする以前から抱いていたという。12歳で渡米するも、母国に焦がれて日本近代文学を読みふけっていた水村さんにとって、20年ぶりに目にしたバブル期に向かう故郷はあまりに違和感が大きかった。いずれの作品にもそんな日本に対する「ショック」が投影されている。今回も日本について書くなら、日本人女性より米国人男性の方が「観察者としてもちょうどいい」と思ったそうだ。

 当初、主人公が英語で手記をつづる設定で書き始めたが難航した。「彼が日本語で書く設定に変えたらものすごく書きやすくなった。そしてあの本と趣旨がつながってくる気がしました」。こう言ってあげたのが、2008年の評論集「日本語が亡(ほろ)びるとき」。英語の世紀に日本語で読み書きする意味を問うた話題の書だ。「外国人にも日本語を読み書きしてほしいですからね。具現化した小説ができたというのでしょうか」

 今作では日系ブラジル人が重要な意味を持つ。「谷崎が『春琴抄』でやったように、今の日本を入り口にしながら、今はない日本をたぐり寄せたい。どこにもない日本に幻想を抱く人たちの物語を考えたときに、ブラジルの日系人が思い浮かびました」。俳句が盛んなど、当地での日本文化への強いこだわりを聞いて、「私と同じじゃない」と思ったという。同時に、彼ら彼女らが苦しんだ貧困や差別を思えば、「どれだけ書いてもこんなものじゃない、もっとひどい、といううしろめたさもありました」。

 書き進めるうちにコロナ禍が広がり、幻想的な小説に疫病が深く浸透した。「だいたいいつも短い小説にしようと思って書き始めている」と言うので驚く。生まれついての長編作家。今回も倍以上の長さになったそうだ。

 漱石の未完の遺作を継いだ「続明暗」、エミリー・ブロンテ「嵐が丘」を昭和の日本に翻案した「本格小説」。古典と遊びたわむれる作家の言葉は明快だ。「小説とは自己表現ではなく、過去に書かれた書き言葉を継承して作るもの。過去の文学から、新たな文学は生まれる。そのスタンスだけかな」

 小説を書くのは楽しいと繰り返しながら、「これを最後の小説、最後の虚構にしようと思っている」と口にする。「小説はAIが書けるようになると思う。だけどひとりの人間として生きてきた思い出話は、誰が書いたかが重要でしょう。歴史の資料にもなる。限られた時間で、私の思い出話を書き残しておきたいのです」(中村真理子)=朝日新聞2024年10月16日掲載