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「灰色のミツバチ」書評 戦禍を生きる中年のオデッセイ

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年12月21日
灰色のミツバチ 著者:アンドレイ・クルコフ 出版社:左右社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784865284355
発売⽇: 2024/10/10
サイズ: 18.8×3.1cm/464p

「灰色のミツバチ」 [著]アンドレイ・クルコフ

 物語はグレーゾーンではじまる。ウクライナ東部、ドンバス地方のとある村。ロシアとの戦争を伝えるニュースによって耳にする機会の多い、ドネツク州を含む地域だ。
 といっても、本書が書かれたのは侵攻以前。二〇一四年、当時の政権が倒れた「マイダン革命」の混乱に乗じて、ロシアがクリミア半島を併合。ドンバス地方では親ロシア勢力とウクライナ軍の戦闘がはじまる。
 危険な緩衝地帯=グレーゾーンとなった場所から住人たちはすぐさま避難した。敵同士が睨(にら)みを利かせ、砲弾が飛び交うのだから致し方ない。
 そんな村に残った男が二人。主人公のセルゲーイチは、妻と娘に去られた四十九歳の養蜂家。ほんの数百メートル離れた家には「宿敵」のパーシャが暮らす。
 幼馴染(おさななじ)みという関係だがこの二人、呆(あき)れるほど仲が悪い。四十年ものの憤懣(ふんまん)が溜(た)まっているらしく、顔を見るだけで怒りがこみ上げる始末。セルゲーイチはパーシャを狡猾(こうかつ)でイヤな奴(やつ)というが、どうも態度に問題があるのはセルゲーイチに思える。そんな口の利き方ではケンカになるよと注意したくなる。
 ふと連想したのが『イニシェリン島の精霊』という映画。アイルランド内戦を背景に、おじさん二人が突然ケンカをはじめ、諍(いさか)いの愚かさが戦争の不毛さに重なる。じゃあセルゲーイチとパーシャの関係は、ウクライナとロシアの暗喩?
 物語を広い世界へと動かすのは、ミツバチへの愛情だ。セルゲーイチは春になると、ミツバチのために旅へ出る。灰色の緩衝地帯から南下し、やがて夏のクリミア半島へ。養蜂家仲間のクリミア・タタール人を訪ねるのだ。ソビエト時代に強制移住させられた歴史を持つ少数民族。その家族との交流を経たセルゲーイチの、ひと皮もふた皮もむけた姿よ……!
 アラフィフ男による、ミツバチを連れた旅路(オデッセイ)。気難しい中年にこそぶっ刺さる叙事詩だ。
    ◇
1961年生まれ。ウクライナの作家。国際的なベストセラー『ペンギンの憂鬱』のほか、『ウクライナ日記』『侵略日記』など。