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「メアリ・シェリー」書評 時代に先駆けた「もう一つの声」

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月22日
メアリ・シェリー:『フランケンシュタイン』から〈共感の共同体〉へ 著者:シャーロット・ゴードン 出版社:白水社 ジャンル:外国のエッセー・随筆

ISBN: 9784560091449
発売⽇: 2024/11/28
サイズ: 18.8×1.8cm/224p

「メアリ・シェリー」 [著]シャーロット・ゴードン

 メアリ・シェリーは科学者が怪物を作り出すSFの元祖ともいえる小説、『フランケンシュタイン』の著者である。彼女の母親は女性解放運動の先駆者、メアリ・ウルストンクラフトである。夫は、詩人のパーシー・シェリーであった。その他のことは多くが忘れられるか、誤解されていた。
 本書はそのメアリ・シェリーの名誉回復の書であり、近年の様々な研究成果を踏まえ記述されるその実像は新鮮な驚きに満ちている。
 彼女は女性が身を立てるのが困難な時代に作家として生き、八つの長編小説と50以上の短編やエッセーを残した。また、母親の思想を受け継ぎ、自らも型破りな生き方をするとともに、苦しんでいる周りの女性たちを金銭面も含め援助した。その一方で誹謗(ひぼう)中傷を受け続け、それを懸念した家族が彼女の死後、意図的にその人生の型破りな側面を隠蔽(いんぺい)し、夫の著作集を地道に編纂(へんさん)した控えめな妻という無難な人物像を流布させた。
 彼女の残した文章には時代に先駆けたフェミニズム的思想と反戦思想が見出(みいだ)される。たとえば彼女は、男性が野心や名声を追い求めることで、女性を含め身近な家族が巻き添えを食い犠牲になる様を小説で繰り返し描いた。戦争を英雄の事業としては描かず、苦悩をもたらすものとみなすことも徹底していた。
 他方で、愛する人を救う女性主人公や、内なる衝動を抑える男性主人公という新しい人物像を提示した。そして、攻撃性と野心の追求でなく、愛、教育、そして協力にもとづいたもう一つの別の生き方があるというメッセージを発信し続けた。だが、こうした要素を当時の批評家は見落とすか、あるいはうまく評価できなかった。
 現代でも人々は野心的で強い英雄を好み、特に戦争のある時代にはその傾向が強まる。だからこそメアリ・シェリーによる「もう一つの声」はまだまだ私たちにとって新鮮であり続けている。
    ◇
Charlotte Gordon 1962年、米セントルイス生まれ。米エンディコット大栄誉教授、作家。