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「ホーム・スウィート・ホーム」書評 世の枠からはみだす自由な家々

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月08日
ホーム・スウィート・ホーム 著者:杉本 彩子 出版社:工作舎 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784875025733
発売⽇: 2025/01/24
サイズ: 1.8×21.7cm/248p

「ホーム・スウィート・ホーム」 [著]杉本彩子

 本書では、著者が暮らし仕事をしている家(=現在)に始まり、幼い頃に住んだ記憶で描かれた家(=過去)を末尾に、全部で16の家がオールカラーの俯瞰(ふかん)図に仕上げられ、ひとつの円環をなしている。ただし画集ではない。それぞれの家について綴(つづ)った文が絶妙なバランスで同時進行し、全体で集合住宅(俯瞰図が部屋で文が住人たち?)の趣をなしている。
 おもしろみの源泉は、著者がイラストを生業としていることにある。画家や写真家、造形作家やデザイナー、陶芸家、書家、そしてミュージシャンのように「ものづくり」に携わっている人たちの家が大半なのだ。フリーランスなかれらの家にまつわる工夫は、通勤や帰宅、業務といった世の枠からはみ出す、それこそフリーなものだ。わたしなどは仕事柄、そういった知人友人の家を訪ねることが多いから「うんうん」とうなずいてしまったが、誰にも馴染(なじ)みがあるわけではないだろう。こんな自由な家の発想があるのか、と驚く読者も少なくないと思う。
 仕事柄と言えば、著者の夫は彫刻家とのこと。作品の挿画を見ると、なにやら見覚えがある。案の定、顔見知りの美術家だった。というか昨年の秋に個展に足を運び、作品を見ながら立ち話したばかりだった。あの造形はこの家から生まれていたのか! 思わぬ発見があった。住み手は匿名だが、タージ・マハル旅行団、ゼロ次元、など前衛美術にまつわる名前もところどころで出てくる。思えば、かれらも集団でひとつの「家」をなしていた。家が表現なのではなく、表現そのものが家? そう言えば画家も作家もみんな「家」がつく。そんなことに思いを馳(は)せるのも楽しい。
 でも、家は楽しいことばかりじゃない。多発する自然災害で被災した家も出てくる。どんな家も必ず自然に座を借りている。これから私たちはどう暮らすのか。本書は家(=未来)をめぐるそんな問いにも通じている。
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すぎもと・さいこ 1973年生まれ。立体・平面のイラストや、テレビ番組の政治家人形の造形などを幅広く手がける。