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「ユダヤ人の歴史」 共存への「カスタマイズ」の道は 朝日新聞書評から

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月15日
ユダヤ人の歴史-古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで (中公新書 2839) 著者:鶴見 太郎 出版社:中央公論新社 ジャンル:歴史

ISBN: 9784121028396
発売⽇: 2025/01/22
サイズ: 1.5×17.3cm/336p

「ユダヤ人の歴史」 [著]鶴見太郎

 世界史の教科書では、ユダヤ人はほぼ古代と近現代にしか現れない。古代に国家を「喪失」したユダヤ人が、長い「離散」時代を乗り越え、イスラエル建国で「独立」を回復、といった叙述も根強い。世界史上の大事件が起こると、「黒幕はユダヤ人」といった陰謀論がまことしやかにささやかれ、それが広く拡散してきた。
 3千年のユダヤ史を描く本書は、これまでの空白を埋める貴重な試みだ。7~13世紀には9割のユダヤ人がイスラーム世界に暮らし、高い識字率などを生かして繁栄した。近代以降のユダヤ史は、ナチによるホロコーストを頂点にヨーロッパに関心が集中しがちだが、1900年時点で全ユダヤ人の半数がロシア帝国に居住していた。ロシア帝国のユダヤ人の多くは貧困に苦しみ、ポグロム(反ユダヤ暴動・虐殺)も頻繁に発生した。こうした迫害経験が、パレスチナにユダヤ人の民族的拠点を打ち立てることを目指すシオニズム運動を促していった。ロシア東欧地域のユダヤ史の理解は、イスラエルの建国を理解する上でも欠かせない。
 離散や迫害、虐殺。これらの受動的な犠牲者というユダヤ人のイメージは、本書によって塗り替えられる。ユダヤ人は歴史の大きな流れに左右されつつも、自らの特性とうまく組み合わさる国や地域に入り、周囲にあわせて自らを「カスタマイズ」しながら、ユダヤ人としての生き方を貫いてきた。
 現在イスラエルは、パレスチナに排他的なユダヤ人国家をつくる以外に道はないのだとばかりに、パレスチナ人を虐殺・排斥している。しかし、この姿は「カスタマイズ」を重ね、自分たちと周囲を変容させてきたユダヤ人の長い歴史に照らせば、決して唯一のあり方ではない。いかなる条件がそろえば、共存への「カスタマイズ」を起こせるのか。イスラエルのみならず国際社会に課せられた問いでもある。
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つるみ・たろう 1982年生まれ。東京大准教授(ロシア東欧・ユダヤ史、イスラエル・パレスチナ紛争)。著書に『ロシア・シオニズムの想像力』『イスラエルの起源』など。