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「反中絶の極右たち」書評 普遍的人権を攻撃する資金源は

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月29日
反中絶の極右たち――なぜ女性の自由に恐怖するのか 著者:シャン・ノリス 出版社:明石書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784750358628
発売⽇: 2025/01/30
サイズ: 19.5×2.8cm/328p

「反中絶の極右たち」 [著]シャン・ノリス

 人権や平和への進歩は、数世紀分巻き戻された――そんな不安が世界を覆う。トランプが新大統領に就任したアメリカは、ロシアのプーチンやヨーロッパの極右政党に急接近し、グローバルな右派連帯が強まる。この最悪のシナリオは本書によって予見されていた、そんな戦慄(せんりつ)を覚える。
 トランプとプーチン、ヨーロッパの極右たちの重要な共通点は、「伝統的家族」の復活を掲げ、中絶の権利を攻撃することだ。過去十数年間で、欧米各地で極右勢力が台頭し、中絶制限が政治の主流に押し上げられた。この動きは決して自然発生的なものではない。本書は、反中絶運動の背後にある金の流れを徹底的に調べ上げ、女性から権利を奪うために巨額を投じる無数の富豪の存在を明らかにする。その中には庶民を搾取し、栄華を誇った過去の復活を夢見る貴族の末裔(まつえい)も少なくない。彼らは生殖を管理し、女性を再生産労働に縛り付けて、自分たちに法外な利益をもたらす資本主義体制を守り抜こうとしている。
 反中絶運動は、不平等が当然だった時代に歴史を巻き戻そうとするファシズム運動である。この本書の洞察の重要性は増すばかりだ。2024年米大統領選で民主党候補のハリスは、中絶の権利を掲げ、敗れた。一部のリベラルしか関心がない中絶問題に拘泥すべきではなかったとの批判も根強い。しかし、女性の自己決定権を踏みにじる権力が、市民のための政治をすることなどあるのだろうか。権力を握るや否や、トランプは「反多様性」を掲げてあらゆるマイノリティーへの攻撃を開始し、自身が妄信する高関税政策により物価高を加速させ、膨大な犠牲を生み出してきたプーチンやネタニヤフの不当な戦争を擁護し続けている。中絶の権利への攻撃は、普遍的な人権への攻撃である。権力と金を持つ男性たちの寡頭政治から平等を取り戻すための長い闘いに向け、ぜひ読んでおきたい一冊だ。
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Siân Norris 作家兼調査報道ジャーナリスト。英国の媒体で極右運動とその主流派への移行を取材。