
ISBN: 9784393455111
発売⽇: 2025/01/08
サイズ: 19.5×3.3cm/544p
「美は傷」 [著]エカ・クルニアワン
「三月のある週末の夕暮れ時、デウィ・アユは死後二十一年にして墓場からよみがえった」。冒頭の一文から、読者をぐうっと物語に引きずり込むマジカルな力がある。インドネシア・ジャワ島にある架空の町ハリムンダを舞台に、絶世の美女デウィ・アユの家族三代の数奇な運命を辿(たど)る本作は、ガルシア=マルケス『百年の孤独』を彷彿(ほうふつ)とさせる、奇想天外でグロテスクな逸話が万華鏡のように花開く。
オランダ人と地元民の血を引き、戦争捕虜から伝説的娼婦(しょうふ)となったデウィ・アユ、夫に性交されまいと鉄の下着を身につけるアラマンダ、甘いマスクと絶大なカリスマで共産党を率いるが、いざ革命が起こると来るはずの無い新聞を待つだけの男になるクリウォン――強烈な個性の登場人物たちによる、生々しい性愛や凄惨(せいさん)な暴力のカーニバル。らせん状に進むストーリーが作り出す渦のなかで、オランダ植民地時代から日本軍による占領、独立戦争、共産党による政変とその失敗、町に押し寄せる新自由主義の波という、激動のインドネシア近現代史がひとつに混じり合い、ひいてはギリシャ神話や古事記や、マハーバーラタなどをも思わせる、神話的様相を帯びていく。
さにあらん、ここには「インドネシアがどうやって子宮に宿り、生まれ、育っていったか」、新生インドネシアという国生みの物語を描こうとした作家の野心がある。デウィ・アユが産んだ父親不明の4人の娘は、美女揃(ぞろ)いのなか末っ子だけが「大便の塊」と見紛(まご)う醜さだ。「さかりのついた犬みたいに汚らしい男ばかりの世界に、きれいな女の赤ん坊を何人も産み落とすほど恐ろしい呪いはない」とデウィ・アユは言う。トロイア戦争の原因とされた美女ヘレネや、異形の神ヒルコなど、人の美醜をめぐる神話や男を破滅させる女の物語に、本作は新たな光を当てる。美は「誰にとっての」傷なのか。とどまり続けたい問いだ。
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Eka Kurniawan 1975年生まれ。インドネシアの小説家。