1. HOME
  2. 書評
  3. 「FREE」書評 少女の視点から描く急変の時代

「FREE」書評 少女の視点から描く急変の時代

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月12日
FREE: 歴史の終わりで大人になる 著者:レア・イピ 出版社:勁草書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784326852048
発売⽇: 2025/02/15
サイズ: 2.3×19.4cm/344p

「FREE」 [著]レア・イピ

 社会学者のC・ライト・ミルズはかつて「歴史と個人史とを、さらには社会のなかでの両者の関わりを洞察すること」を可能にする能力を「社会学的想像力」と呼んだ(ミルズ『社会学的想像力』)。本書は、アルバニア出身で現在はロンドンの大学で政治理論を講じている著者の、まさに「社会学的想像力」が発揮された作品である。
 アルバニアはバルカン半島南西部に位置する。第二次大戦後は社会主義体制をとり、一九七〇年代末以降、中ソとは異なる独自の路線を歩んだ。その時代に生を享(う)け幼少期を過ごした著者にとって、自由はすでにそこにあるものだったという。
 しかし九〇年に体制の突然の崩壊を経験、それまでの自由は葬り去られた。同国はその後、市場経済と自由選挙を導入し、人びとは別の自由を語るようになったが、急激な変化は社会に混乱をもたらした。ねずみ講、国外移住の急増、そして内戦……著者の家族や友人達(たち)もこれらの変化に巻き込まれ、引き裂かれていく。副題の「歴史の終わりで大人になる」が示すように、本書は、この急変の時代を十代の著者の経験として描く。
 家族のなかでとりわけ印象深いのが、著者の祖母だ。オスマン帝国下の有力州総督一家の娘として生まれた祖母は、生涯に複数の体制変化を経験した。彼女は、ままならない時代・社会という限界を知った上でなお「人はいつでも自分の運命に責任を負っている」と著者に伝えたという。「自分の人生の著者」は自分というのが信念だった。
 冷戦の終わりは自由の勝利といわれた。しかし、その勝利したはずの西側の自由もまた、矛盾を孕(はら)んだものであることは今や明白になっている。その意味で、著者らがアルバニアで短期間に直面した自由の困難は、自由主義体制のもとで人びとが緩慢に経験してきた困難とも重なるところがある。現代において「自由」はなお開かれた問いとしてある。
    ◇
Lea Ypi ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス政治理論教授。専門はイマヌエル・カント、マルクス主義と批判理論。