1. HOME
  2. 書評
  3. 「ブック・ウォーズ」書評 生き残る紙の書籍という逆説

「ブック・ウォーズ」書評 生き残る紙の書籍という逆説

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月19日
ブック・ウォーズ――デジタル革命と本の未来 著者:ジョン・B・トンプソン 出版社:みすず書房 ジャンル:ビジネス・経済

ISBN: 9784622097495
発売⽇: 2025/01/27
サイズ: 19.4×4.1cm/704p

「ブック・ウォーズ」 [著]ジョン・B・トンプソン

 音楽業界の売り上げがインターネットの時代になって急減したことを目の当たりにしていた出版業界は、電子書籍が登場した当初、紙の書籍も、早晩、電子書籍に取って代わられると予想していた。特に、出張に持ってゆくようなビジネス書こそが電子書籍に向いていると考えられていた。しかし、結果は予想とは異なった。電子書籍はある程度まで普及したものの、その後、頭打ちになった。しかも、電子書籍の普及を牽引(けんいん)したのは、カテゴリー別に見れば、ビジネス書ではなくロマンスだったという。デジタル技術の進展が英米の出版業界に現在まで与えた影響を論じる本書で紹介されるのは、このようなパラドックスの数々だ。
 いくつかの章から構成される一定の長さを持つものとしての旧来の書籍の「形態」は、物理的な媒体に条件付けられたものだ。コンテンツがデジタル・データに置き換えられることで、その制約から解き放たれれば、例えば短編小説がばら売りされてもよいはずだ。実際に「書籍」を再定義するような事業がいくつも立ち上げられたが、それらは採算が取れなかったという。一体、「書籍」とは何なのか考えさせられる。
 とはいえ、本書が扱うのは電子書籍ばかりでなく、グーグルの電子図書館計画から、出版社のマーケティング戦略の変容、オーディオブックまでと幅広い。自費出版のシェアが急拡大している(そして、そこそこ儲〈もう〉かっている)という事実は寡聞にして知らなかった。
 そのなかでも、出版業界に最も大きな衝撃を与えたのはやはりアマゾンだという。アマゾンが出版社よりも顧客のことをよく知っている度合いは、デジタル化以前の小売業とは比較にならない。コンテンツのメーカーが、コンテンツを創らない企業に生殺与奪の権を握られているのだ。
 六百頁(ページ)を超える重厚な分析書だが、含蓄に富み、読書の悦(よろこ)びももたらしてくれる稀有(けう)な書である。
    ◇
John B. Thompson 英国の社会学者、ケンブリッジ大名誉教授。商業出版や学術出版の研究でも知られる。