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「幽霊森林(ゴースト・フォレスト)」書評 ぶつかりすれ違う家族の切なさ

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月26日
ゴースト・フォレスト 著者:ピク・シュエン・フォン 出版社:左右社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784865284614
発売⽇: 2025/04/03
サイズ: 2.5×18.8cm/316p

「幽霊森林(ゴースト・フォレスト)」 [著]ピク・シュエン・フォン

 母と祖父母と一緒に、「私」がカナダに移住したのは3歳半のとき。香港がイギリスから中国に「返還」される前のことだ。父は仕事を続けるために香港に残り、離れ離れの生活が始まった。
 本書の縦糸をなしているのは、父と娘の関係だ。遠く離れて暮らし、たまに会ってもわかりあえない。幼い頃、男の子に負けないくらい「いい子」になると決めた私は、成長するにつれて、ありのままの自分を認めてくれない父の言葉に何度も傷つき、それでも父を失望させたくないという思いに葛藤する。やがて、その父に難病がみつかる。厳格だった彼のみせる弱さと悔い。そんな姿にふれて、私は父にまっすぐ向き合おうとする。
 横糸として織り込まれるのは、母や祖母、妹とのやりとりだ。異国の地で子を産み育てた母の孤独、若かりし頃の祖母の労苦が浮かび上がってくる。なかでも、日本軍に占領された香港で少女時代を過ごし、自分の才覚だけで身を立ててきた祖母の語りは魅力的だ。戦争を生き延び、大家族を世話し、独学で粤(えつ)劇の脚本を書くまでになった祖母。そんな彼女が、世話になった自分の「ばあさん」のことを「誰よりも恋しい」と言うのを聞いて、私は胸を衝(つ)かれる。これほど年をとっても、人は誰かを恋しく思うものなのか。
 本書に登場する誰もが誰かを懐かしみ、相手を思いやれなかったことを悔やみ、詮(せん)ない思いに悶(もだ)えている。ぶつかって、すれ違って、傷つけあって。それでも、相手の存在が自分を支えているとわかっている。
 夜の病室で父を見守りながら、妹と変顔をつくってしのび笑いする。ベッドに横たわる父の胸に、母が静かに頰を寄せる。いくつもの場面に、家族であることの切なさと愛(いと)しさがあふれる。言葉にできなかったことばかりで、悔いは消えない。それでも、そっと呟(つぶや)いてみる。たとえあなたがもうこの世にいなくても、「愛してる(アイ・ラブ・ユー)」と。
    ◇
Pik-Shuen Fung 香港生まれ、バンクーバー育ちのカナダ人作家。ビジュアルアーティストとしても活躍。