「はいからさんが通る」から半世紀、粥川すず「大正學生愛妻家」の魅力は(149回)

『チコちゃんに叱られる!』(NHK)によると、昭和の高度経済成長期の女子大生は、スーツを着て卒業式に出るのが一般的だったらしい。袴(はかま)姿が見られるようになったのは1975年から「週刊少女フレンド」(講談社)で始まった『はいからさんが通る』(大和和紀)のヒットがきっかけで、1987年に南野陽子が主演した実写映画ですっかり定着したのだという。
大正時代の女学生・花村紅緒(べにお)は、自転車を乗り回し、剣術が得意な「ジャジャ馬」。家同士の約束で、帝国陸軍少尉の伊集院忍(しのぶ)に嫁ぐことになる。出会いは最悪で最初は反発していた紅緒だったが、やがて彼を深く愛するように。1977年には手塚治虫の『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』とともに第1回講談社漫画賞に輝き、累計発行部数1000万部を超えるロングセラーだ。
ヒロインはおてんば、恋人の第一印象は最悪、というのは70年代少女マンガの王道だが、屈強な「車ひきの牛五郎」にもケンカで勝って子分にする紅緒のジャジャ馬ぶりは半端ではない。大正時代とはいえ、17歳の女学生なのに「酒乱」という設定も今では考えられない。ギャグ色が強く、荒唐無稽な部分も多いが、一方でシベリア出兵や関東大震災といった史実もしっかり描かれる。女性の社会進出が進む中、女学生として、職業婦人として、紅緒は波乱万丈の人生を生きていく。
同じく「大正時代のラブコメ」に、昨年からウェブマンガサイト「モーニング・ツー」(講談社)で連載されている『大正學生愛妻家』がある。作者は旧制高校を舞台にした異色作『エリートは學び足りない』で注目された粥川(かゆかわ)すず。本作の主人公も、やはり旧制高校に通っている。
大正10年(1921年)の東京市。士族・橘(たちばな)家の次男で伯父の養子になっていた勇吾が帝国第一高校に入学し、6年ぶりに帰京した。事業の後継者となった勇吾は学生のうちに結婚しなければならない。彼が指名した相手は幼い自分をかわいがってくれた6歳上の女中ふき。かくして身分と年齢の差を乗り越えたふたりの激甘な新婚生活が始まる。
当時の人々がどんなものを食べ、どんなことを楽しみ、雑誌や野菜はいくらで買えたのか。壮大なストーリーの中で戦争や思想を描いた『はいからさんが通る』に対して、大正時代の文化風俗や日常生活のディテールをていねいに描いているのが令和の作品ならでは、という気がする。
18歳の勇吾と24歳のふき。とにかく、ふたりの純粋で初々しい夫婦愛がほほえましく、ネットでは「尊い」という声が目立つ。伊集院少尉は聞き分けのない紅緒に手を上げたこともあったが、勇吾はひたすら優しく、声を荒げたことすらない。国内トップクラスの秀才にして、道を歩けば女性たちが振り返るイケメン、将来の社長に加えて妻一筋の愛妻家で、年下なのに頼もしく、士族の坊ちゃんのくせに料理や洗濯までする勇吾は、非の打ち所のない“完璧な夫”だ。大正時代にここまで家事をする夫は普通ではないと思うが、今の時代には違和感がなく、邪心のないふたりを見ていると素直に応援したくなる。
女性作家による恋愛マンガだが、いわゆる少女マンガではないので、幅広い読者が楽しめるだろう。4月に発売された第2巻でふたりの距離は一気に縮まり、最後にふきの意外な特技が明かされる。