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夏木志朋さん「Nの逸脱」インタビュー デビュー作が15万部のヒット。新作も「人間を深く、面白く」

夏木志朋さん=篠塚ようこ撮影

複雑な問題だからこそ、物語という形で

――『Nの逸脱』はウェブ連載のうち3本を収録しています。どんな狙いで執筆したのでしょうか?

 デビュー作『二木先生』で好評をいただいた後、次の本をどうしようかと悩んでいた時に、ポプラ社の方からウェブで連載してみないかとお声がけいただきました。「新人作家あるある」かもしれませんが、2作目への不安もありまして…。連載はもともと、一つの街を舞台にした、隣人の謎や恐怖といったテーマを扱いたいという着想から書き始めました。

――『Nの逸脱』は、ページをめくるたびに、ホラーのようでもあり、ミステリー、そして突然コメディータッチになるなと、雰囲気がめまぐるしく変わっていきます。読みながらどこに向かって走っているのか分からなくなる感覚が新鮮でした。そしてどの話も、まさかの結末が。

 面白いと思っていただけているなら良かったです。ありがとうございます!

――特に最後の「占い師B」のキャラクターが最高です。うさんくさい霊視師の板東イリスと、そこに弟子入りしてくるどんくさい天才・秋津のドタバタコメディーですが、不器用な2人が世の中を必死にもがいて生き抜いていく姿に心打たれました。ぜひシリーズ化を!

 ありがとうございます。霊感商法を営んでいる方の話を書きたいという思いがあって、そこから生まれたキャラクターたちです。実際にそういうオカルト的なものが存在するかはさておき、人間観察力やテクニックでやっている人のすごさも描きたいと思いました。もしシリーズ化するなら、一話完結のバディものみたいにできたら楽しいかなと思います。

――デビュー作の『二木先生』は、ある地方都市のさえない高校生・田井中広一がある日、平凡を絵に描いたような担任の美術教師・二木の強烈に意外な素顔を知ってしまうところから始まります。それは社会的に受け入れられない性癖に関するものでしたが、広一との緊張感ある駆け引きで、二木先生が徐々に追い詰められていきます。

 二木先生の性的嗜好に関しては、小説を書こうと思った頃から絶対に書きたいテーマの一つでした。まさか1作目で書くとは思っていませんでしたが。ペドフィリア(小児性愛)という社会的に受け入れられない性的嗜好について、多面的にとらえた本が一冊はあるといいなと思いました。

 同時に多くの人に手に取ってもらえるようなエンタメ作品にしたいとも考えました。そうすることで、より多くの人にこういった問題について考えてもらえる機会が増えるんじゃないかと。単純ではない問題だからこそ、物語という形で伝えたいと思ったんです。

 私は漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる吉良吉影というキャラクターが好きな登場人物の一人なんですが、彼は道義的に許されない欲望を「実行してしまった」側の人間なんですね。だから物語上の落とし前として、主人公サイドに退治されてしまった。彼の欲望が生得的なものなのか、後天的なものなのかはさておき、吉良のように決して実行に移してはいけない欲望を抱えている人間が生きていく道はないものかという気持ちもあって『二木先生』を書きました。「そう生まれたらどう生きるか」がテーマのひとつでもありました。

――そしてこちらも、物語は意外な展開に。

 途中まで考えていた結末とは違うものになりました。主人公の田井中広一の成長物語でもあるので、彼にも具体的に何か努力させた方がいいと思いまして。スポーツ? いや、この子、スポーツ無理でしょ。絵画もちょっと違う。この子が今からできることはと考えて、最終的に小説を書き始めるというシーンを加えました。

 広一は世の中とうまくやっていくのが苦手で、自分がどうやって生きていくかを探している子なんですよね。二木先生と広一、それぞれが抱える問題のサバイバル方法に共通点があると感じ、お互いがある意味でロールモデルになるような関係性を描きたいと思いました。

工芸高校から不動産会社を経て作家に

――大学で文学を専攻したり、文芸サークルで小説家を目指したりしていた作家が多い中で、夏木さんは工芸を学んでいたのですね。

 そうなんです。工芸高校の夜間部でした。昼間は働きながら、高校卒業の資格を取りたくて通っていました。工芸の授業はありましたが、私自身はあまり熱心ではなくて...結構残念な作品をたくさん作っていました(笑)。

――小説家になろうと思ったきっかけは?

 高校卒業後、就職のために宅建士の資格を取って不動産会社に就職したんです。でも実務能力がなくて毎日怒られていて...。そんな中、「営業トークのスクリプトを書いてこい」と上司に言われて、それを提出したところ「お前の文章、分かりやすいな」とほめられたんです。それまで「何を言いたいか分からない」とずっと言われてきた人生だったので、その言葉が心に染みました。

 それで「文章関係の仕事に就きたいな」と思うようになって。最初はライターの養成講座に通ったんですが、そこで「ライターの書く文章と文芸の文章は違う。ライターは文芸的な要素を排除して書くべきだ」と教わって。それなら文芸の方も試してみようと思って、大阪文学学校に入学したんです。

――大阪文学学校、略して文校の出身だったのですね。70年の歴史を持つ、田辺聖子さんや朝井まかてさんらを輩出した文芸学校ですが、どんな授業を受けたのですか?

 大阪文学学校は実作重視の学校で、とにかく書いて、それを翌週に皆で合評する繰り返しでした。講師の方が一方的に話すだけの授業は一度もなく、実際に書いて批評し合うというスタイルが私にはとても合っていました。

 最初に出した作品は本当に短い短編で、会社員の女性が押し入れの中で大麻を育てる話でした。その2カ月後くらいに「二木先生」の冒頭を書いて出して、その後も自分の順番が回ってくるたびに続きを書いて出すという感じで、在学中に「二木先生」の半分くらいまで書きました。1年通ったところで通学をやめて、残りの半分は自宅で書き上げて応募しました。

――ポプラ社小説新人賞には初投稿でしたか? そのデビュー作が15万部のヒットになりました。

 はい、「二木先生」が小説の新人賞というものへの初投稿作品です。すごく頑張って、ものすごくいい作品であったとしても必ずしも報われるとは限らない世界で、こうやって皆様に読んでいただけたことは本当に幸運だなと思います。

――どんな作品を書いていきたいですか? 目標とする作家、愛読する作家は?

 スティーブン・キングが好きで、エンタメでありながら人間のことも深く描いているような作品を目指したいです。また、ギリアン・フリンの作品も好きで、一時期なぜか他の本が読めなくなった時でも、彼女の本だけは読めたんです。疲れている時に心に染みるような優しい本では全くないんですけど、自分の魂の波長と合っているのかなと感じました。

 基本的にはエンタメ文学を追求していきたいと思っています。言いたいことがある上で面白く書けたら、よりそれが伝わるんじゃないかなと。『Nの逸脱』も『二木先生』も、一見エンタメ小説ですが、その中に社会や人間について考えさせられるテーマを織り込んでいます。楽しく読んでいただきながら、何か心に残るものがあれば嬉しいです。

インタビューを音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、夏木さんのインタビューを音声でお聴きいただけます。