
ISBN: 9784104725045
発売⽇: 2025/03/19
サイズ: 19.1×2cm/352p
「裸足でかけてくおかしな妻さん」 [著]吉川トリコ
なんだコイツ。妊娠させた愛人を、田舎の実家で暮らす妻と同居させておいて、自分は東京の仕事場にさっさと戻ってしまうって、なんなんだ、それ。男の名は金村太陽。職業、作家。
物語は、金村を先生と呼ぶ楓が、身重の体で岐阜の山奥に引っ越してくるところから始まる。金村の実家には、妻の野ゆりが暮らしていた。がんに侵された義母・紘子を介護する、というのは建前で、東京での暮らしに倦(う)んでいた野ゆりの決断だった。もちろん、彼女の疲弊の大元の原因は、金村、ね。うへえっ。
読めば読むほど、この金村、鼻持ちならない男なんですが、じゃぁ、なんで楓と野ゆりが金村に、という理由もちゃんと描かれていて、納得。
野ゆりが楓との同居を表面的にはすんなり受け入れてしまうのも、ちょっとどうよ、なのだけど、まぁ、そうなるよね、これまでのこともあるし、と違和感なく描かれていて、その辺りの塩梅(あんばい)も絶妙だ。
読み進めていくうちに、思い至る。楓と野ゆりをがんじがらめにしているものの正体に。自分の外側から押し付けられた、かくあるべしという見えない糸に絡め取られて、楓も野ゆりも生きてきたことに(金村には金村なりの糸があったことも、物語の終盤で明かされる。だとしても、やっぱり、うへぇっ)。
やがて楓は出産。大地と名づけたその子をめぐる、金村のある所業が明らかになる。これがまたマジ最低。そんななか、楓はある決断をする。
本書のラストは、映画「テルマ&ルイーズ」を彷彿(ほうふつ)とさせるが、楓と野ゆりの選択は、テルマとルイーズのそれとは異なる。妻であること、娘であること、誰かにとっての私であることをすっぱり放棄して、自分のための私であることを選んだ二人が眩しい。
楓と野ゆり、そして、大地に幸あれ。いつか、大人になった大地視点で語られる物語も読みたい、と強く思った。
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よしかわ・とりこ 77年生まれ。小説家。『余命一年、男をかう』で島清恋愛文学賞。『あわのまにまに』など。