1. HOME
  2. インタビュー
  3. 斎藤幸平さんが『人新世の「黙示録」』で説いた、一部の人だけの「成長」ではない新たな道とは?

斎藤幸平さんが『人新世の「黙示録」』で説いた、一部の人だけの「成長」ではない新たな道とは?

斎藤幸平さん=北原千恵美撮影

前編はこちら

斎藤幸平さん『人新世の「黙示録」』インタビュー 自国ファーストで「気候崩壊」世界はどうなる?

大量生産・大量消費を減らし、生活の安心得られる社会を

――いま「社会主義」という言葉が出ましたが、ここからは、斎藤さんがこれから先に人間が求めるべき社会像についてうかがいたいと思います。

 「計画経済」が重要な軸となるでしょう。大雑把に言えば、人間の誰しもが必要とするモノを最優先して生産活動を行い、それをみんなに平等に行きわたるように管理するということです。

 そして、「計画経済」のためには、国家が動く必要があります。規模の大きな仕組みは個人や企業のみで回せるものではないですし、同時に、富を一部に集中させないためにも、国家がしっかりと管理する必要があるからですね。だからこそ、生存に不可欠なモノを市場任せにしない、社会主義の体制が求められるんです。

 同時に、「脱成長」も重要な軸となります。現在においては、生存に不必要なモノに投資する余裕はない状況ですし、また気候崩壊が始まった以上、恒久的な欠乏状態は避けられません。だからこそ、一部の人間だけが最先端の技術や富を味わえる「成長」ではなく、多くの人間が一定の生活を営める「脱成長」は重要になります。

 付言すると、これは「みんなで貧しくなろう」ということではありません。欠乏を前に、無駄な大量生産や大量消費を減らして、その分で浮いた資源を公共の福祉に充てることがひとつの主眼となります。脱成長によって、個々人は大金持ちにはなれなくても、その分、生活の安心は得られる社会が実現できるはずです。

 また、「脱成長」は資本主義のもとでは実現しません。市場任せだと、どうしても利益の出るものだけが過剰に作られ、その分本当に必要なものが不足するからです。社会主義による「計画経済」があって、はじめて「脱成長」は実現します。つまり、「計画経済」と「脱成長」はセットで考えるべきものです。

――ただ、まだ日本では、少なからず社会主義に対して忌避感を覚える人も少なくなく、それが「計画経済」や「脱成長」の足かせになるようにも思えます。

 日本は、社会主義に対するネガティブなイメージが強い国のひとつでしょう。そうしたネガティブなイメージ、忌避すべきものだという言説を作ったのは、経済学者フリードリヒ・ハイエクです。

 ハイエクは1940年代に、社会主義の計画経済が、全体主義へと私たちを導くと主張した著書『隷属への道』を刊行しました。この本は各国でベストセラーになり、それに伴って、社会主義と計画経済への負の意識は増大していったんですね。

 だから資本主義に限界を覚えるようになっても、ただちに「では社会主義でいこう」とはならず、ハイエクの仕掛けた罠にとらわれたままです。本書ではこれを「ハイエクの呪縛」という言葉で説明していますが、そこから抜け出すために、ハイエクの示した論点をひとつひとつ検証していく作業が、『人新世の「黙示録」』の議論の柱のひとつとなっています。

 ただ、理論によってハイエクを乗り越えるという私の作業とは別に、アメリカでは、社会主義のイメージの大きな変化が起きています。今年の1月、ニューヨーク市の市長にゾーラン・マムダニ氏が就任したことはご存じでしょう。彼は、“家賃値上げの凍結”や“バスの無償化”、あるいは〝公営食料品店の設置〟といった公約を掲げていましたが、それは従来のアメリカの価値観とは、大きく異なるものでした。

 これは、バーニー・サンダースたちの掲げてきた、「民主社会主義」が結実したものです。簡単に言えば、暴力革命や一党独裁を否定し、議会制民主主義の手続きを通じて、平和的に平等な社会の実現を目指す政治・経済思想ですね。

 西海岸でもロサンゼルス市の市長選において、やはり民主社会主義の候補が今のところレースで支持率トップを走っています。

実現可能な「計画経済」とは?

――社会主義への嫌悪感の根底には、「独裁国家で個人の尊厳や自由がないがしろにされるヤバい社会」というイメージがあるようにも思えます。正直に申し上げますと、私の中にもそのような感情はあるのですが、斎藤さんにぜひ反論をお願いできましたら幸いです。

 何点かあります。まずひとつは、資本主義もそもそも民主主義的ではないというポイントです。企業で働いていても、経営陣は社員たちの意見を一つひとつ聞いてくれるわけではないですし、また企業の地域における動きが、住民たちの意向を十分に反映したものとも、多くの場合は言えないでしょう。マルクスが「資本の専制」と呼んでいたことです。

「資本の専制」をむしろ封じ込めるのが、民主的な計画です。つまり、労働者たちが投資の意思決定に参加したり、市民と自治体が共同で事業を作ったり、アルゴリズムを使った利潤以外のニーズを加味したマッチングを行ったりする領域を増やしていくということです。

 その限りで、私が構想する「計画経済」とは、国家が独裁的に動くというものではありません。社会主義というと、かつてのソ連の五カ年計画(1928~90)のように、政府がノルマを民衆に押し付けて、無理やり働かせるといったイメージがあるかもしれませんが、そんなことを踏襲する必要はない。

 私が提唱する「民主的計画」は、政府や自治体、労働者や市民が、じっくり話し合って決めることが前提です。また、大災害など不慮の事態が起きた際には、柔軟に見直せるようにも設計し、無理の生じないようにもする。こういう感じだったら、実現可能な気がしませんか?

――いただいた説明で、ぐっと社会主義が身近に感じられるようになったと思います。「計画経済」や「脱成長」を考える上で、歴史的、あるいは現在におけるロールモデルとなる事例について、お話をいただけますか。

 今回の本で、最後にしっかり取り上げたのが、第一次世界大戦後の「赤いウィーン」(1918~34)と呼ばれる、社会主義的な変革です。当時のオーストリアは、深刻な食糧やエネルギー不足、また疫病の蔓延などに苦しんでいました。そこでマルクス主義者たちが率いる社会民主党は、水道・ガス・電力などの社会インフラを公営化し、また労働者向けの公営住宅を建設しました。加えて、公営住宅には劇場やプール、また保育所やキッチンなども設置し、つまり労働者たちが共同で使える「コモン」を作ることで、労働者たちの連帯感を高めることを目指したんですね。この動きは30年代のファシズムの台頭によって終わることにはなったのですが、社会変革としての意義は大きく、現代の私たちが学べる点も少なくはありません。

 そして、かつてのウィーンと同じような動きが起きているのが、先ほどお話した現在のニューヨークです。この本では「赤いニューヨーク」と呼んでいますが、果たして現在のニューヨークの挑戦が、かつてのウィーンと同じようにファシズムに敗北するのか、それとも私たちが進むべき道として、世界中に影響を及ぼしていくのか。答えは未来に託されています。

未来は、個人がいかに自覚的に行動できるかにかかっている

――最後に、個々人ができることについてお話をいただけますか。

 本書では、国家単位での大きな動きの重要性を書くことがまず頭にあったので、個人がどうすべきか、ということにはそこまで踏み込んでいません。ただ、もちろん個人が何もしなくていいということではないですし、個人には政治や社会を動かす、大きな力があります。

 それは権力を監視するということもありますし、新しい動きを生み出すということもあります。振り返れば、ほぼ無名だったマムダニ氏の当選の背景にあったのは、ボランティアの方たちが草の根的に彼を支えたことにありました。もちろん、人々を動かしたマムダニ氏の才覚もありますが、彼の訴えに耳を傾けた、およそ10万人の人々がボランティアとして動いたことで、歴史的な偉業が生まれたんですね。

 日本でも、近年では杉並区における岸本聡子区長の当選や、現在も続いている神宮外苑再開発への反対運動は個々人の力が目立ちますし、未来はやはり、一人ひとりがいかに自覚的に行動できるかにかかっていると思います。

好書好日の記事から

『人新世の「資本論」』斎藤幸平さんインタビュー マルクスを新解釈、「脱成長コミュニズム」は世界を救うか
斎藤幸平さん「ゼロからの『資本論』」インタビュー 非正規・格差・環境破壊…資本主義の矛盾を乗り越えるために
「マルクス解体」書評 最新研究ふまえた清新な切れ味