- 秋吉理香子『悪女たちのレシピ』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
- くわがきあゆ『先生と罪』(宝島社文庫)
- エリーザ・ホーフェン『暗黒の瞬間』(浅井晶子訳、東京創元社)
人間、誰しも大なり小なり秘密を抱えているものだが、ミステリーの世界においては、登場人物の表の顔と、裏に隠している秘密との落差が大きければ大きいほど読者に衝撃を与える。
秋吉理香子『悪女たちのレシピ』は、秘密を持つ主人公たちが登場する六つの短篇(たんぺん)から成っている。一目惚(ぼ)れした女性の住居を突きとめ、その生活の観察日記をつけはじめた配送業者。恋人の浮気を知り、殺し屋を名乗る人物に復讐(ふくしゅう)を依頼した女性……果たして彼らを待ち受ける運命は。
ストーキングや不倫など、書きようによっては陰湿な話にもなりそうな題材を、あっけらかんと言えるほどドライに取り扱っているのが特色で、意地悪な姑(しゅうとめ)に対してどこまでもポジティブに接する女性の秘密を描く「幸せのマリアンナ」はその典型だ。毒気の強い内容なのに「人生、捨てたものではない」という妙に前向きなカタルシスも味わえる一冊だ。
くわがきあゆ『先生と罪』の主人公・如月晴(きさらぎはる)は、ある中学の若手教員。ある夜、同僚の岩本結衣のスマートフォンに連絡したところ、「助けて、あおられてる」という悲鳴が聞こえてきた。翌日、晴は結衣が交通事故で死亡したことを知る。やがて、「如月晴の家族は轢(ひ)き逃げ殺人犯」という告発状が靴箱に貼られるなど、彼女の周囲で不穏な出来事が相次ぐ。
三年五組の担任だった結衣の死によって晴が担任代行を引き受けることになったが、不登校の生徒、学校に押しかけてくるモンスターペアレントなど、悩みの種には事欠かない。結衣の交際相手だった教師の態度はどこか不審だし、一見まともそうな関係者たちも恐ろしい秘密を隠していたりする。登場人物の誰も彼もが信用できないのだが、あまりにも皆が怪しすぎるせいで、ある人物のとんでもない秘密に読者が気づかない仕掛けとなっているのが巧妙だ。異常な行動原理を内面化した人間を描くのを得意とする著者ならではのサスペンス小説である。
大学の法学部教授や裁判官も務めるドイツの作家エリーザ・ホーフェンのデビュー作『暗黒の瞬間』の主人公は、エーファ・ヘアベアゲンという刑事弁護士。三十年以上の職業人生に終止符を打とうとしている彼女は、過去に担当した九つの事件を振り返る。
法と現実の矛盾を鋭く衝(つ)く作風は、同じドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハを連想させるが、本書はエーファという主人公の秘密に満ちた人生を連作形式で辿(たど)ることで、一人の人間の失敗と贖罪(しょくざい)を描いている。誠実だが弱さも持ち合わせ、そのせいで過ちを繰り返してきた彼女は、そんな自分とどう向き合うのか。この世の闇と、そこに射(さ)す一筋の光を感じさせる傑作である。=朝日新聞2026年2月25日掲載