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大矢博子さん注目の時代小説3冊 現代に通じる、分断と理解と

    • 蝉谷めぐ実『見えるか保己一』(KADOKAWA)
    • 高田在子『飛上りもん』(中央公論新社)
    • 八木荘司『遠い標的』(新潮社)

     いまだ三月ではあるが、蝉谷(せみたに)めぐ実『見えるか保己一(ほきいち)』は今年の大収穫だと言ってしまおう。全盲の身で『群書類従』を編纂(へんさん)した江戸時代の国学者・塙(はなわ)保己一の物語である。
     だがこれは彼の評伝小説でもなければ、障害を乗り越えて名を残したという偉人伝でもない。ここに描かれているのは、見える者と見えない者の徹底的な分断だ。

     見えない側である保己一と、彼をとりまく見える側の人々。見えない者にとっては見えるということを、見える者にとっては見えないということを完璧に理解するのは不可能だ。だからわかりたい。わかろうとする。わかったつもりでいたら、そうではないことを突きつけられる。わからないままに見下す者も、過剰に崇(あが)める者もいる。越えられない川の両岸で、それでもなんとか互いをわかろうと足搔(あが)く者たちの悲鳴が聞こえるようだ。そんな人々を群像劇で読ませる手腕に唸(うな)った。

     書籍とオーディオブックが同時発売となった本書。視覚に障害を持つ人にも届けたいという著者の思いが伝わる。

     高田在子(ありこ)『飛上(とびあが)りもん』は、紀州の治水巧者・井澤弥惣兵衛(やそべえ)の物語である。八代将軍徳川吉宗は米の増産のため、紀州から弥惣兵衛を呼び寄せ、関八州の治水事業を命じた。しかし関東には家康以来治水工事を担ってきた伊奈一族がいる。工法の理念がまったく異なる伊奈流と紀州流。はたして弥惣兵衛のとった策は……。

     技術や工程を詳しく描写するのではなく、幼い頃のエピソードを加え、弥惣兵衛がどのように部下や人足たちをまとめていったのかが主眼。上意下達ではなく、上から下まで同じ理想を共有することが大事なのだと本書は謳(うた)う。これは土木工事に限らず、すべての組織に必要なことだ。

     八木荘司(そうじ)『遠い標的』は幕末の第二次長州征伐から鳥羽伏見の戦いに参陣した、長州の遊撃軍の物語である。維新団、一新組と名付けられた隊を構成するのは、牛馬処理を生業とする若者たち。ずっと差別されてきた彼らが戦いに参加した目的は、幕府を倒し今の身分制度を壊すことだった。

     長州では身分を問わず登用した奇兵隊が有名だが、さらにこんな隊があったのかと驚かされた。印象的だったのは、彼らが士分に取り立てられるのを断ったこと。武士になりたいんじゃない、平等になりたいんだという意志表明だ。

     そして明治維新を経て、太政官布告でそれまでの被差別身分も平民となった。しかしそこに異を唱える者が出てくる終盤こそ、本書の眼目だろう。今なお、多くの差別がのさばる理由が本書を通して胸に突き刺さる。

     相互理解、組織、差別。いずれも現代を鋭く照射する三作だ。=朝日新聞2026年3月25日掲載