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「ありか」書評 娘との日々が教えてくれたこと

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月31日
ありか 著者:瀬尾まいこ 出版社:水鈴社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784910576039
発売⽇: 2025/04/18
サイズ: 14×19.3cm/368p

「ありか」 [著]瀬尾まいこ

 プロローグ部分に続いて始まる本書の冒頭、主人公の美空は、5歳の娘ひかりの寝顔を見て、こう思う。「私のすべてだと迷いなく言える。ひかりのためならなんだってできる……」
 でも、そのすぐ後が「と眠りに落ちる直前まで思っていたのだけど、朝、たった十分早く起きることができない」。この正直さ、いいなあ。
 26歳シングルマザーの美空は、ひかりを保育園に預け、9時から6時まで工場のパート仕事に就いている。余裕がある暮らしではない。母娘の物心の助けになっているのが元義弟・颯斗だ。
 この颯斗が、いいんですよ。「男が好き」な颯斗は、美空がその事実に驚かなかったばかりか、「誰が誰を好きでも、傷つく人がいなければ問題ないよね」と自然に返したことで、気持ちの深いところで、美空を信じたのだと思う。「すごくない子どもなんていない」。これ、颯斗の言葉なんですが、めっちゃ尊くないですか?
 実は美空は母親との関係に苦しんでいた。この母親、育ててやった、と恩に着せ、美空を振り回してばかり。読んでるこちらまで、あ?とムカつくくらいに。
 ひかりとの時間を慈しみ、歓(よろこ)びを感じる美空と、子育てに見返りを求め続ける美空の母。対照的な二人ではあるけれど、「母性は勝手に湧き出てくれる便利なものじゃないし、子どもを愛せないからといって悪い親なわけでもない」という美空に、作者の瀬尾さんの思いが見える。ここをちゃんとふまえて描かれている物語だからこそ、説得力がある。
 美空の職場の同僚・宮崎さん、保育園で美空のママ友となる三池さん。この二人が、人としてとってもチャーミング。困っている誰かに手を差し出す時は、こんなふうでありたいな、と思う。
 それにしても、ひかりの可愛らしさたるや。愛も幸せも、彼女が「ありか」なのだ。希望に満ちたラストも最高!
    ◇
せお・まいこ 1974年生まれ。作家。『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞。『そして、バトンは渡された』で本屋大賞。