
ISBN: 9784309039480
発売⽇: 2025/04/04
サイズ: 13.6×19.5cm/560p
「札幌誕生」 [著]門井慶喜
クニを造るというのは大変な事業だ。札幌はどうやって出来たのかを、異なる5人の主人公に光をあて、彼ら彼女らが時空を交錯しながら生きていく様を問うていく時代小説だ。
最初に島義勇(よしたけ)、なぜ彼なのだ? 維新史上傍流にあって、佐賀の乱であっという間にあの世にいってしまった男ではないか。二番手的な性格で仕事も一番にはならぬ男が、蝦夷(えぞ)地でたった一度、ここの開拓こそが自分に合うと思う時を得るも、アイヌの問題などでその正義感ゆえに排除されていく。
うって変わって札幌農学校、しかも伝説のクラーク博士が去ってからの学生たちの物語だ。ここでは内村鑑三がほかの学生とは異なり、キリスト教に帰依するか否かの煩悶(はんもん)の様子が描かれる。しかしその葛藤も、一人の婦人の「自制と服従の差は明確ではない」という言葉から、スッと入信に至るから不思議だ。
物語は起承ときて、ここで転になる。バチラー八重子というアイヌの女性の登場である。
和人に虐げられながら、自らの存在を確認して生きていく主人公の人生も一筋縄ではない。彼女がアイヌの歌集で、佐佐木信綱や金田一京助によって世に出て称賛をあびようとも、それは一時のこと。続く作品はなく、八重子は筆を折る。残酷だが、誰にもある人生の挫折をへて彼女も老いの道を歩んでいく。
続いて同じく転の二人目は、八重子とは違って日本男子の家柄よく不在地主で流行作家の有島武郎。報われた人生から自らを外して生きていく。その一瞬、土地を開拓した島義勇と、土地を手放した有島は歴史を超えて相まみえるかに見える。
そして結は、石狩川の事業にほぼ一生を捧げた岡崎文吉。長年反対してきたショートカット方式を突然是認した男の意気地は何なのか。
人は決断をする。一生に一度の決断がその人の人生を決め、札幌の運命を決めた。
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かどい・よしのぶ 1971年生まれ。作家。『銀河鉄道の父』で直木賞。ほかに『家康、江戸を建てる』など。