児童文学の主人公には、孤児が多い。『秘密の花園』のメアリ、『オズの魔法使い』のドロシー、オリバー・ツイストにピーター・パン。『宝島』のジムやハックルベリー・フィンも親はいるにはいるが、“保護者”とは程遠い。なぜか。様々な研究者が論じているが、一言で言えば、口うるさい親がいたら自由に冒険などできないからだ。
そんな乱暴なと思うかもしれないけれど、実際、「宿題をしなさい」「早く寝なさい」なんて言われていたら、何もできない。子どもの生活はほとんどが、大人に管理・決定されている。
だから、学校には行かない、好きな時に出かけ、おやつを食べ、服は汚し放題、夜更かしだって自由、というピッピに子どもは憧れるのだ。ピッピは9歳にして、たった一人でごたごた荘という家で暮らしている。トレードマークの長靴下は、片っぽは茶色で片っぽは黒だけれど、叱られないし、もちろん学校なんて行かない。台所の床でクッキー生地をこねたり、木の上で食事をしたり、サーカスに乱入したり。なにしろピッピは表紙にあるように「世界一つよい女の子」で、しかも金貨の詰まったカバンを持っているから、無敵なのだ。
私も、そんなピッピに憧れる子どもの一人だった。とはいえ、当然ピッピのような力も勇気もない。だから自分を投影するのは、ピッピの隣に住む兄妹のトミーとアンニカのほうだった。兄妹は、ピッピに強烈に惹(ひ)かれながらも、型破りな奔放さにちょっと不安になることもある。それでも一緒に冒険することによって、「自由」の素晴らしさと難しさを体験するのだ。
ピッピが学校でかけ算の九九を習うよう、説得される場面がある。それに対しピッピは「竹さんの靴なんてものをしらなくたって、九年間、ちゃんとやってきたわ」。翻訳家になってから、読み聞かせをした小学生に「竹さんの靴なんて言ってる、超面白い!」と言われたことがある。ああ翻訳って大切だなと思わされたという意味でも、私には特別な作品なのだ。(翻訳家)
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大塚勇三訳、岩波少年文庫・869円。原書は1945年。岩波書店は64年刊行、90年文庫化。今は複数の出版社から出ている。著者はスウェーデンの児童文学作家、58年に国際アンデルセン賞。=朝日新聞2025年7月5日掲載
