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ワンダ・ガアグ「100まんびきのねこ」 どれも「きれい」、黒一色のペン画

 職業柄、たまに「いい絵本はないですか」ときかれる。ここぞとばかりにあれこれお薦めするのだけど、今回は、その中でも一番お薦めするのが難しい絵本を紹介したい。

 「アメリカの有名な絵本作家の代表作で、大きな賞も受賞してるんです」。ここまではいい。「猫のお話なんですよ、それも100万匹も出てきて」。ほとんどの方はニコニコしてくれる。「老夫婦が猫を飼うことにして、おじいさんが猫を探しにいきます」。ふむふむ。「猫でいっぱいの丘を見つけるんですが、どの猫にするか決められずに、ぜんぶ連れ帰ることに」。なんと! それで? 「それが……そんなに飼えないから、どの猫を飼うか、猫自身に決めさせることになって……」。ほう。「猫たちは喧嘩(けんか)して『たべっこして』しまうんです」。えーっ、た、食べっこ!? そんな残酷な!

 この本を愛読していた私は――そして大勢の子供たちは、この物語から何を受け取っていたのだろう。イラストは黒一色のペン画。おじいさんはどの猫も「きれい」に見えて、選べないわけだけれど、猫はどれも黒い曲線だけで描かれているから、どんなふうにきれいなのかは読者が想像するしかない。子供のころ、一匹一匹眺めながら、自分だったらどの猫にするだろうと、飽かず考えていた。

 そして、石井桃子の訳文。「そこにも ねこ、あそこにも ねこ、どこにも、かしこにも、ねこと こねこ」という繰り返しは、今でもそらんじられる。ちょっとすっとぼけたおじいさんのセリフなんて、笑わずにはいられない。

 老夫婦は結局、「たべっこ」には参加しなかった「みっともないねこ」を選ぶ。その猫がかわいがられ、だんだんと成長していくさまが描かれた見開きのページは私のお気に入りだった。

 でも、そこから何か教訓を受け取ったわけではない。もちろん残酷さでもない。単純に、猫が「100まんびき」もいることが面白かったのだと思う。それだけでいいし、それだけでこんなに面白いから、名作なのだ。

    ◇

 石井桃子訳、福音館書店・1100円。作者(1893~1946)は米国の作家、画家。原書は1928年に刊行された名作で、米ニューベリー賞のオナー賞に輝いた。本書は61年、同書店初の翻訳絵本の一つとして刊行された。=朝日新聞2025年11月1日掲載