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「告白怪談 そこにいる。」書評 現場からの実況のような臨場感

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年07月12日
告白怪談 そこにいる。 著者:川奈 まり子 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309039671
発売⽇: 2025/05/27
サイズ: 12.8×18.9cm/208p

「告白怪談 そこにいる。」 [著]川奈まり子

 母が死んで別の家に引っ越したある朝、すでに朝日が寝室に差し込んでいた。そこに母は居た。すでにこの世の人でない母が生前そのままの物質的存在として目の前にいるという事実。と、突然、脳内に読経が響き渡ってきた。
 本書の著者が「現代は、ありうべからざる現象を『あったこと』として語りづらい時代」と言うように、僕も長い間、沈黙を自らに強いてきました。
 母の一件があって以来瓶の蓋(ふた)が開いたように、本書で多くの人たちが語る怪談じみた現象と同様の事象に僕は何度も遭遇してきた。そんな体験を綴(つづ)ると『私の遠野物語』が1冊書けるかもしれません(笑)。
 だから本書で語られる「怪談」など特別、奇異な話とも思わない。もう自分の先を考えると、いつ怪談の登場人物になってもおかしくない年齢である。というわけで世間とズレた話を告白したからといって絵の評価が変わるわけでもない。変な目で見る人が増えたとしても、かえって人脈整理ができて、すっきりします。
 さて、本題に入ろう。本書は著者の手元に全国から集まった約6千件の体験談の中から32話を選び、体験者の告白体で表現してみてはと、一人称で書いたものである。柳田国男の『遠野物語』は、地元出身の伝承採話者である佐々木喜善が蒐集(しゅうしゅう)した話を聞き書きによって編集したものであるが、本書はその点、体験者と著者が一体化して、まるで現場からの実況放送のような臨場感に溢(あふ)れている。
 怪談は信じる信じないの問題ではなく、体験者にとっては現実である。ただ物質的現実ではなく、死と同時に霊魂に変身した後の非物質的世界からの暗黙のメッセージで、それを感知できる人と感知できない人がいるだけのことで、信じない人にとっては架空の話。だからお互いに「あっ、そう」でいいじゃないですか。
    ◇
かわな・まりこ 作家。怪異の体験者を取材し、怪談の語り部としても活動する。著書に『実話怪談 でる場所』など。