
ISBN: 9784103562719
発売⽇: 2025/05/14
サイズ: 19.1×2cm/384p
「乱歩と千畝」 [著]青柳碧人
読みながら、司馬遼太郎の『空海の風景』を思い出した。天才肌の空海が主人公だが、ダブル主演といっていい小説で、評者などはむしろ、努力型の最澄の方に心引かれた。異なる個性が若き日から交わる。
本作の主演の二人、どちらが空海か最澄かはともかく、本来なら出会うはずのない異質の人物である。後に探偵小説家・江戸川乱歩になる若者は人見知りなのに人が好きというやっかいな性格で、そば屋で相席になった学生に思わず話しかけてしまう。後に外交官となり、多くのユダヤ人の命を救うことになる杉原千畝(ちうね)である。
この二人が何者かになっていく成長物語をまずはお楽しみ下さい。大学は出たものの職を転々とし、ただただ探偵小説が好きなだけの若者が世に出て行く様子は、強く肩をたたきたくなる。乱歩のデビュー作、評判になるといいなあ。分かっているのに祈っている。
一方の千畝は「まじめ」と背中に彫ってあるような青年で、努力して外交官に。しかし満州で謀略にまみれるうちに人が変わっていく。ピカレスク(悪漢)小説っぽくなるかと思いきや、本当のワルにはなり切れない。そりゃそうだ。だって千畝だもの。二人はときにすれ違いながらも、どこかでお互いを心の支えとする。
エンタメ小説といえど、劇的で偶然の出会いがあまりに多いと腹が立つものだ。しかし本作の場合、むしろ拍手を送りたくなる。うわ、ここであの漫才師が、あの作曲家が。素直に楽しめるのは真実味という調味料がうまく使われているからか。それともころりとだまされているのか。やがて物語は戦時の動乱、戦後の寂寥(せきりょう)に及ぶ。そこはひたすらリアルである。
あえて難を言えば、主演二人の相手役になる女性たちが、男にとって都合のいい人物造形になってはいないだろうか。しかしそんな彼女たちの言動に泣けてしまうのは、またどうしたものか。
◇
あおやぎ・あいと 1980年生まれ。作家。『むかしむかしあるところに、死体がありました。』など。本書で直木賞候補。