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「内務省」解体された巨大官庁の光と影 分野の垣根越え、学者ら新書

「内務省」の執筆に関わった清水唯一朗さん(右)と手塚雄太さん

 明治新政府の発足から間もない1873(明治6)年、大久保利通を初代内務卿として発足した。後に山県有朋も通算6年半にわたり内務卿・内相を務めたことでも知られるこの官僚組織は、「なんだ? この『怪物』は…」と本書の宣伝文句が示す通り、強大な力を持っていた。

 鉄道・郵便や殖産興業と呼ばれた産業政策などを含む内政全般を担当。農商務省が設けられた後もなお、現在の警察庁、総務省、国土交通省、厚生労働省、都道府県知事、消防庁に相当する機能を一手に抱え、霞が関に君臨した。さらには、国家神道や、戦前の言論統制・思想弾圧を担った特高の担当部局が省内に属していたため、軍国主義の根絶を掲げる戦後の占領下で解体された。

 ゆえに内務省には、「省庁の中の省庁」「悪の総本山」といったイメージが先行しがちだが、本書ではこうした一面的ではない、「怪物」の多様な側面を照らし出す。

 編者の「内務省研究会」は、日本政治史や日本近現代史の若手・中堅研究者の交流組織として2001年に立ち上がった。大学や研究分野、研究手法の垣根を越えた横断的な集まりで、現在150人超が所属する。今回その中の25人が、500ページを割いてこの巨大組織の実像に迫った。

 会の創設を主導し、本の序論を担当した政治学者で慶応義塾大教授の清水唯一朗さん(日本政治史)が着目するのは、中央から地方へと全国一律の近代的な行政組織を浸透させた旗振り役としての内務省だ。

 「他省庁よりも抜きんでて優秀な人材を集め、先進的な『技術』『政策』の導入や、行政の制度化を推し進めた。道路や河川、港湾などのインフラ整備、選挙行政や宗教行政、北海道・植民地の統治なども含めて、内務省が果たした歴史的役割は極めて大きい」と語る。

 一方で、霞が関に君臨した「省庁の中の省庁」「悪の総本山」という見方に対しては、「内務省の位置づけは時期により変わる。近代国家の建設期には、いわばプロジェクト主導型の苗床だった。強大な権力をふるい、国家主義的だった時期は短期間と見ていいのでは」と語る。

 藩閥政治家や政党政治家、軍部それぞれとの関係に影響された時期を経て、内務省は戦後に解体される。

 「今では霞が関の機構改革で内閣官房を核にした官邸機能の強化が定着しているが、戦前は内務省が霞が関の司令塔だった」と言い、戦後の行政組織への継承と断絶を考える上でも、内務省の分析は重要だという。

 研究会は、これまでに100回以上開催してきた。清水さんは「戦前から戦後にかけての各省庁の『正史』にあたる記録は多いが、研究が細分化し、行政の歴史の全体像はかえってつかみにくいのが現状。若手の交流の場になればと始めたところ人の輪が広がり、今回の出版にもつながった」と語る。

 研究会の現幹事を務めるひとり国学院大准教授の手塚雄太さんは「歴史学や政治学、法学の研究者がゆるやかにつながり相互交流する場は貴重。世代交代をはかりながら長く続けていきたい」と話す。(大内悟史)=朝日新聞2025年8月6日掲載